ドストエフスキー生誕200年

2021年11月30日 07時41分
 ロシアの文豪・ドストエフスキーの生誕から二百年。彼が残した小説は、今も世界中で読み継がれている。十九世紀のロシアを舞台にした作品は、二十一世紀を生きる私たちに何を語りかけているのか。

<ドストエフスキー> 1821年11月、ロシア・モスクワ生まれ。陸軍学校で学び士官になるが退職し、46年に『貧しき人々』で作家デビュー。49年に思想犯として逮捕され死刑判決を受けるも、恩赦で減刑されシベリア流刑に。最後の長編『カラマーゾフの兄弟』は続編が構想されていたが、発行翌年の81年2月に死去し実現しなかった。

◆人間精神の極限描く 名古屋外国語大学長・亀山郁夫さん

 ドストエフスキーの小説に登場するのは、心を病んだ人間たちです。健康に見える人間も出てきますが、健康と病の間に境界線はほとんどありません。健康でありつつ病んでいる。そういう二極性を持つ人間の精神の極限を彼は描きました。
 人間の心理は、奇怪かつグロテスクで、なおかつ不条理です。喜びと悲しみ、夢と絶望。幼い頃から自身も病を抱えていた彼は、そこに目を凝らし、さまざまな形式の小説で、つぶさに描き出しました。
 彼には二つのトラウマ(心的外傷)がありました。一つは十七歳の時、父の死です。父は殺されたと考えた彼は、自分には父親の死に対する責任があると感じました。複雑な心の動きの中で生まれたある種の原罪意識です。そこから彼の文学は誕生しました。最後の作品となった『カラマーゾフの兄弟』は「父親殺し」の物語です。
 もう一つのトラウマは、国家反逆罪で死刑判決を受けたことです。恩赦になって死刑は免れましたが、その後、国家から監視される身になりました。小説も私信も検閲を受けます。そのため彼は、検閲官の目には分からないように小説を書くことになります。作品は内向し、深くなりました。
 彼の究極のテーマは「見放し」です。見放される人間の絶望と、見放す人間の傲慢(ごうまん)。十九世紀のロシアは、無秩序状態に陥っていました。国家の礎となる家族が壊れ、幼児虐待や家庭内暴力が横行します。社会から見放された若い世代の善悪の感覚は崩壊していきました。格差が広がり、分断が生じている現代にも通じる問題です。
 私自身は、中学三年生の時に初めて『罪と罰』を読み、主人公が憑依(ひょうい)するような経験をしました。それが原体験になっています。ただ、ドストエフスキーは多くの顔を持つ作家であり、小説の構造も多様ですから、どこに魅力を感じるかは、読者によって違うでしょう。
 今回のコロナ禍は、われわれに、誰もが加害者になるという事実を突き付けました。私は「すべての人間は罪人である」という『カラマーゾフの兄弟』のテーマを思い出しました。人間存在は常に加害者としてあると自覚することは、とても大事です。今、ドストエフスキーを読み直すチャンスが来たのではないかと思っています。 (聞き手・越智俊至)

<かめやま・いくお> 1949年、栃木県生まれ。専門はロシア文学、ロシア文化論。東京外国語大学長を経て2013年から現職。著書・訳書多数。近著に『ドストエフスキーとの旅』(岩波現代文庫)。

◆今もなお共通コード 作家・島田雅彦さん

 ドストエフスキーは、ロシア語学習者が必ず通らないといけない関所のようなもの。学生時代に日本語訳の全集を読破し、最初に好きになったのは『地下室の手記』です。都会で独り相撲をとる頭でっかちのネズミのような、ある種ユニークで現代でも身の回りにいそうなタイプの主人公。その後の後期の傑作群の序曲のように感じます。
 ドストエフスキーが生きた十九世紀はナポレオンという大きな英雄像があり、個人が自由を求めたロマン主義が特徴。ただ、ナポレオンの登場に熱狂した親世代に対し、その後の失脚を見てきた世代なので苦い現実主義だったと思います。大ヒーロー不在の時代に何をよりどころに生きるべきか考えた時、一種の世直し、革命が常に頭の中にあったのではないでしょうか。
 ロマン主義では、詩や小説の創作と革命の実践は表裏一体でした。書かれなかった『カラマーゾフの兄弟』の続編では、彼の作品に付随するテーマの「父殺し」、すなわち「ツァーリ(皇帝)殺し」の野望が秘められていたと言われています。つまり、その時代の英雄殺し、下克上を表そうとしたのです。
 自身も革命運動に参加していた彼は、大きな世界史的な転換を小説を通して夢想したのでしょう。実際の出来事の背景も取材していて、登場人物の造形や話しぶりがとてもリアルです。
 一方、男たちが革命という幻想かつ実践を伴った運動を展開する時に、(聖書に登場する)マグダラのマリアのような女性が出てくる野蛮さも。革命を具体的に思い描く時には宗教的な権力や魂の解放者の側面を必ず入れているのです。ロシア人にとってのナポレオンのようなアンチキリストに対しての、マリアやキリストの生まれ変わりのような良心の体現者として。
 社会変革運動の中核をなすのはやはり、人々の良心だと思います。貧困者や被差別者ら弱者への同情などから声が上がっていくことが、最も現実的にあり得るのではないでしょうか。
 愛読者のうち私が出会った埴谷雄高や大岡昇平らは、彼を同時代人扱いし、登場人物を仲間だと捉えていました。軍国主義の被害者だった戦後派の作家にとって、独裁と専制への抵抗は地続きの問題だったのです。
 日本の文学界でも共通のコードだったドストエフスキー。今もそうだと言わざるを得ませんね。 (聞き手・清水祐樹)

<しまだ・まさひこ> 1961年、東京都生まれ。東京外国語大ロシア語学科卒。法政大国際文化学部教授。著書に『彼岸先生』『退廃姉妹』『カオスの娘』『スーパーエンジェル』など。

◆暗い人格 解放される 作家、書評家・三宅香帆さん

 ドストエフスキーの中では『カラマーゾフの兄弟』に一番思い入れがあるのですが、実は高校生の時に読もうとして登場人物の名前が覚えられず途中で挫折しました。
 大学に入って、先に新潮選書の『世界文学を読みほどく スタンダールからピンチョンまで』(池澤夏樹著)を読んで、テーマやあらすじを頭に入れてから再挑戦しました。登場人物の会話や議論がとても面白いことに気づき、感動しながら読み通すことができました。
 私たちの世代は、独りでくよくよ悩んだり、不安を感じたりする時間がとても少ないと感じています。一方で、『カラマーゾフ-』に限らずドストエフスキーの作品の登場人物は、現代人から見て、こんなに悩んでいいのかと思うぐらい悩んでいます。こんなにうだうだ悩んでいいんだ、周りに不安をぶつけてもいいんだと、私たちがマイナスだと捉えている行為を肯定してくれていると思います。なかなか表に出せず、ふだんは自分の中に潜んでいるネガティブな人格を解放してくれる力があります。暗い部分を隠そうとして、つらさを感じている人に読んでもらいたいです。
 今年の春、テレビ放送されたドラマ「俺の家の話」が『カラマーゾフ-』の翻案ではないかとネットで盛り上がっていました。脚本を書いた宮藤官九郎さんは「カラマーゾフなんて読んだことない」とおっしゃっていたそうですが、どちらもある意味「父殺し」の話ですし、父子で一人の女性を取り合ったりするところなど、確かによく似ていました。リアルに『カラマーゾフ-』を原作にした舞台や映画もあるので、そこを出発点に小説へ向かうのもいいかもしれません。私がテレビで見た宝塚歌劇版『カラマーゾフ-』もとても面白かったです。
 長編を読む際には、好きな登場人物を見つけると話に入り込みやすくなると思います。自分の「推しキャラ」を追っていくと面白く読み進めることができるのではないでしょうか。
 『カラマーゾフ-』では、私は次男のイワンが好きです。自分の信念を演説する場面や、弟アリョーシャと議論する場面を、たっぷり感情移入して読みました。現代とは違う時間の流れに身を浸す醍醐味(だいごみ)を若い世代にもぜひ味わっていただきたいです。  (聞き手・中山敬三)

<みやけ・かほ> 1994年、高知県生まれ。著書に『人生を狂わす名著50』(ライツ社)『文芸オタクの私が教える バズる文章教室』(サンクチュアリ出版)『女の子の謎を解く』(笠間書院)など。


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