【評伝】中村吉右衛門さん、「二代目」の重圧を芸に昇華 魂込めた「俊寛」、お茶の間でも愛された「鬼平」

2021年12月2日 06時00分

文化功労者に内定した喜びを語る中村吉右衛門さん=2017年10月23日、東京都内で

 歌舞伎界を代表する立役として活躍し、11月28日に死去した二代目中村吉右衛門さんは、せりふ回しや演技力、歌舞伎役者としての華など、全てを兼ね備えていた。武家社会を題材にした時代物から市井の人を描いた世話物まで、豪快かつ繊細に演じた。多くの観客を引きつけた舞台は、まさに人間国宝の至芸だった。
 母方の祖父で名優と言われた初代中村吉右衛門の養子となり、屋号「播磨屋」を継ぐ宿命を背負った。大学時代に「才能もなく、役者に向かないのでは」と悩んだ時期もあったが、22歳で二代目吉右衛門を襲名してからは芸道ひと筋。歌舞伎はもちろん、テレビ時代劇「鬼平犯科帳」の「鬼平」こと長谷川平蔵役などでも大輪の花を咲かせた。

映画「鬼平犯科帳」で鬼平を演じる中村吉右衛門主演(©松竹)

 「一谷嫩軍記いちのたにふたばぐんき熊谷陣屋くまがいじんや」の熊谷直実なおざね、「菅原伝授手習鑑すがわらでんじゅてならいかがみ」の松王丸など当たり役は多かった。中でも、孤島に流罪となった男の孤独と悲哀を描く「俊寛」の俊寛は「播磨屋の全ての魂がこもっている」と格別の愛着を見せていた。「松貫四まつかんし」の名で、反戦のメッセージを込めた歌舞伎の台本も書いた。子どものころ、街で傷痍しょうい軍人の姿を見ていたことが影響していたという。
 2018年、初代吉右衛門を顕彰する「秀山祭」の公演を前に、話を聞く機会があった。「『毎日を初日と思いなさい』と初代はよく話していた。私もそうありたいと思います」。言葉をかみしめ、こう付け加えた。「初代の芸に少しでも近づけたら」

「俊寛」で俊寛を演じる中村吉右衛門さん=2015年10月13日、名古屋市の日本特殊陶業市民会館で

 この時、初舞台から70年の節目の年。舞台では迫力に満ちた円熟の芸で観客を魅了していたが、「70年も恥をさらしてやってきました」と気恥ずかしげな表情を見せ、実直な人柄を感じさせた。
 味わい深い絵を描くなど多才な人だったが、「健康法は舞台に出続けること」と語るほど、舞台に立つことにこだわった。だから、20年に新型コロナウイルスの影響で長く舞台公演が開かれなかった時は「お客さまの声援あってこその人間だということをつくづく思いました」と苦しい胸の内を明かした。
 名をはせた初代の背中を追って精進を続けた。「二代目」を宿命として生きた人生ではあったが、その力量や役者魂を存分に発揮した当代随一の名優だった。(山岸利行)

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