泉 麻人【東京深聞】 常陸の城郭都市と蕎麦の里(前編)

2021年12月8日 09時45分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

常陸ひたちの城郭都市と蕎麦そばの里(前編)

 朝7時57分、日暮里から常磐線の下り快速に乗った。柏で仙台行の特急「ひたち3号」に乗りかえる。まぁ始発駅の上野から特急に乗車しても良かったのだが、それはともかく今日の目的地は水郡線の支線の終点、常陸ひたち太田。前回(前・後編含めて)から茨城県の探訪が続いているけれど、いわゆる“人気都道府県ランキング”のような企画であまり上位にきたことのない茨城には、魅力的な場所が多々ある。そんな判官びいき的な意図だけではなく、取材時の11月中旬は県北の常陸地方名産の「そば」(秋に収穫される新そば)が旬の時期でもある。

常磐線特急「ひたち3号」水戸駅にて

 取手を過ぎると左方の窓に、前回も眺めた筑波山が懐しい姿を現わし、9時20分頃には水戸に到着、郡山行の水郡線に乗りついだ。平日(金曜)ということもあって、閑散としたローカル線の車内風景を想像していたら、意外にも席はほぼ観光姿の中高年客で埋まっている。天気も良いし、紅葉のシーズンでもあるから、奥久慈のあたりまで行く人が多いのかもしれない。
 下菅谷、中菅谷……車内や外景を眺めつつ編集スタッフと行程の確認をしているうち、本線と支線が分かれる上菅谷で降りそこねてしまった。ここで降りる乗客がほとんどいなかったのも1つなのだが、ドアはボタンを押す手動式で、あっ!と思ったときにはもう遅かった。
 首都圏の電車ならばともかく、水郡線の支線など平日は1時間に1本あるかどうかだろう。後々の行程はどうにかするとして、とりあえず次の常陸鴻巣で降車した。不幸中の幸いとでもいおうか、上菅谷方向の上り電車は約20分後に来る。
 線路の向こうに太陽光パネルの畑が広がっている。駅舎はいかにも最近改築されたようなリゾート地のパン屋みたいな建物だが、すぐ先には丸太材木が積み上げられて、昔の貨物小屋のような廃屋も見える。ホームに“徒歩5分”と表示された「木内酒造」という大きな酒屋の看板が出ていたので、20分の時間を潰すべく、そちらの方へ歩くことにした。降りそこねなければ、まず来ることはない場所だろう。

常陸鴻巣駅のホームにあった看板。

 街道をちょっと行った交差点の角に建つ木内酒造は、武家屋敷のような黒塀や蔵が見える立派な酒屋で、日本酒ばかりでなく、最近は東京でも見掛けるフクロウマークの〈HITACHINO NEST BEER〉の看板も掲示されている。そうか、あの地ビールはココで造っていたのか。見学もできる(レストランで“新そば”も食べられる)ようだが、今回は余裕がない。

JR水郡線 常陸鴻巣駅から乗車して、上菅谷駅へ。

 もう1つ、その交差点に表示されていた“日本一の毘沙門天”(一乗院)というのが気になったが、後でネットでチェックしたら、大仏レベルの毘沙門天青銅像の下に“胎内めぐり”の看板が出た、なかなかファンタスティックな物件だった。
 上菅谷までは来たものの、ここで次の常陸太田行を待っていたら、町の散策やその後乗車するバス、予約を入れた店……すべてに響いてくるので“反則技”ながらタクシーを使うことにした。道(国道349号)も広々と整備されていて、15分かそこらで常磐太田の市内へ入った。低地の向こうに岬のように突き出した丘が見えるが、常磐太田の旧市街はその上に存在する。
 常陸太田は3、4年前にふらっと訪ねたことがあったが、駅のちょっと先の坂道(木崎坂)を上っていくと、やがて「鯨ヶ丘」と呼ばれる地区に差しかかる。丘上の街の形状(上から見下ろした)をクジラにたとえたもので、横道に目を向けるとどちら側も急な下り坂になっているのがおもしろい。イタリア中部の小さな城郭都市のようでもある。
 メインストリートは木崎坂の坂上で二又に分かれて、二筋の並行する道ぞいに古い木造商店や昭和戦前モダン調のコンクリ洋館が並ぶ。西側の筋からアプローチすると、低い出掛造の軒を突き出した立川醤油にはマニアックな醤油が陳列され、その先には一見早稲田の大隈講堂を思わせる梅津会館(館内に郷土資料館)、向かい側にも年季の感じられる薬屋、印刷屋などがある。石畳が敷かれた横道に建つ白壁洋館に〈粗挽きそば〉の暖簾のれんをさげたそば屋は以前来たとき入った店だが、ここは昔の太田銀行の建物だったらしい。鉤の手状の角を曲がった東側の筋にも良い感じの商店が並んでいる。(つづく)

江戸後期から伝わる独自の製法で販売している常陸太田市の立川醤油店(マンゴク醤油醸造元)。


-------------------------------------------------------------------
次回は、12月22日(水)更新予定です。
お楽しみに。
------------------------------------------------------------------- 
 



PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。



◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/




◇◆書籍本のお知らせ◆◇
待望の街コラム散歩エッセー 第2弾『続 大東京のらりくらりバス遊覧』として書籍化!
泉麻人 著  なかむらるみ 絵
定価1,540円(10%税込)
四六判 並製 214ページ(オールカラー) 
あの路線のあのツウなスポットをバスで探索する、ちょっとオツなバス旅エッセー待望の第2弾!“バス乗り”を自認する泉麻人さんが、人間観察の達人・なかむらるみさんを相棒に路線バスで東京あたりを探索。訪れたのは、有名どころから「東京にこんなところがあるの?」という場所、読むとお腹がすきそうな美味しい店や、完全に泉氏の趣味な虫捕りスポットなど盛りだくさん。面白い名前のバス停もしっかりチェックしています。
日々進化を遂げる東京(とその周辺)のバス旅、あなたも楽しんでみてはいかがでしょう。
第2弾『続 大東京のらりくらりバス遊覧』書籍の⇒ご紹介はこちらから
第1弾『 大東京のらりくらりバス遊覧』過去2年分(第1話~第24話)
⇒第1弾書籍のご紹介はこちら
 
 

関連キーワード


おすすめ情報

泉麻人 東京深聞の新着

記事一覧