パラアスリートの「支え手の熱量」保てるか 競技力を伸ばす練習場所の確保も課題

2021年12月4日 12時00分
<東京2020 レガシー④パラスポーツの環境>
 誰よりもストイックで攻撃的なプレーは、国内で車いすラグビーが始まった頃の苦労を知るからかもしれない。最古参の島川慎一(46)=バークレイズ証券=は、感慨を胸に5大会連続出場となった東京パラリンピックを銅メダルで終えた。無観客となったものの、多くのスポンサー支援を受け、メディアからも優勝候補と注目された。「あの頃を思えば、隔世の感がある」

東京パラリンピックの車いすラグビー、英国戦で攻め上がる島川慎一(手前)=8月28日、国立代々木競技場で

◆草創期は「ないないづくし」

 さかのぼること22年。頸髄けいずい(けいずい)損傷を負っていた24歳の時、競技を知り、すぐにのめり込んだ。車いすラグビーが日本に紹介されてまだ3年ほど。ほどなく日本代表に選ばれたが、遠征費やユニホーム代は自費。合宿を重ね、会社の有給休暇は使い果たした。
 初出場した2004年アテネ大会は「全部欠勤扱い」。日本は最下位の8位だったが、エースに成長した島川は大会最多得点を挙げた。それでも、資金はない。練習場所も時間もない。「ないない」づくしは変わらなかったが、活躍は海外から注目され、05年から米国リーグでのべ6シーズンプレー。10年の世界選手権で日本が銅メダルをとると強化費が増え、選手の自己負担なしで遠征費をまかなえるようになった。
 11年には日本の車いすラグビー選手で初めてアスリート雇用による就労を実現。状況がじわじわと好転する中、13年9月に東京大会の開催が決まると、パラアスリートを取り巻く国内環境は一変した。
 日本パラリンピアンズ協会の今年の調査では、18年平昌冬季大会と東京大会の日本代表選手の49・1%が、収入源を「競技活動を主業務とする雇用(アスリート雇用)」と回答。車いすラグビーでは12年ロンドン大会でわずかだったアスリート雇用選手が、16年リオデジャネイロ大会で半数以上、東京大会では12人中11人に。島川は「若手だとアスリート雇用でキャリアを始める選手もいる」と明かす。

◆頼みの「パラアリーナ」は年度末閉鎖予定

 18年には、東京都品川区にパラアスリート専用の体育館「日本財団パラアリーナ」が開館した。一般の体育館だと、車いす競技は「床に傷がつくのでは」となかなか貸してもらえないだけに、渡りに船だった。「関東圏の強化指定選手は平日も一緒に練習でき、より互いの癖もつかめるようになった。18年の世界選手権優勝は、パラアリーナがあったから」と断言する。
 一方で昨年4月から約1年、コロナ禍でパラアリーナが使えなくなると、他の施設への広がりがいまひとつな現状も浮き彫りに。「都内の体育館を20カ所くらい回って、使えたのは1カ所だけ」。パラアリーナは本年度で閉鎖予定だが、選手らの要望で使用期限の延長を目指し、運営する日本財団パラリンピックサポートセンターなどが地元の東京都と協議を続ける。担当者は「来年度以降も継続させたいが、交渉次第」。恒久施設となるかは分からない。
 開催決定から8年。「パラバブル」とも呼ばれた機運の盛り上がりは、東京大会の終わりとともに“崩壊”するのではと不安視する声もあった。だが、多くの企業は、今後もパラスポーツの支援を続けるようだ。島川は「東京が終われば『さよなら』というのが多いかなと心配していたが、来年度に関してそういう話は聞こえてこない。今のところは大丈夫そう」。一過性で終わらせない、競技力の向上と企業側の覚悟は引き続き求められる。今こそ正念場だろう。(兼村優希)

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