諜報・謀略の中国現代史 国家安全省の指導者にみる権力闘争 柴田哲雄著

2021年12月5日 07時00分

◆「良狗」がたどる哀しい末路
[評]安田峰俊(ルポライター)

 地下活動と武装蜂起の歴史を持つ中国共産党は、本質的に秘密結社的な性質がある。ゆえに対立する国民党のスパイや、党内の反主流派につながる人間をいちはやく見つけ、排除せねばならない。また国土を列強に瓜分(かぶん)された悲惨な近現代史を克服した「新中国」は、常に西側による体制転覆の策動を警戒している。ゆえに、西側式の民主主義を求めたり海外メディアに情報を漏らしたりする自国民は監視の対象だ。そんな中国という国家において諜報機関の持つ重要性は言うまでもない。
 本書は第一次国共内戦期から大戦期にかけて情報部門の要職を歴任した潘漢年(はんかんねん)、土地改革や文化大革命における党内異分子の陰惨な迫害から「中国のベリヤ」「地獄の王」の異名を取った怪人・康生(こうせい)、建国後の国家安全部(書中では「国家安全省」)のトップを務めた喬石(きょうせき)、国家安全部を含む中国の政治法制部門を牛耳るものの二〇一五年に失脚した石油閥の帝王・周永康(しゅうえいこう)…と、情報部門の歴代トップたちの人生を描きながら、中国共産党の裏面史を描いた力作だ。
 彼らのうち喬石については、天安門事件に際しても比較的デモ隊に同情的で、リベラルな指導者だったという個性も関係してか、九十歳の長寿の末に善き党幹部として人生を終えることができた。だが、他の目立った諜報指導者たちはいずれも長期の投獄や死後の名誉剥奪に遭っている。
 狡兎(こうと)死して良狗烹(りょうくに)らる(状況が変わることで功臣が無用になる)。体制の裏側で絶大な権力をほしいままにして、多くの国民の運命を狂わせたはずの男たちも、いざ本人が政争に敗れ、用済みとなってからの末路は哀(かな)しい。
 近年、新疆(しんきょう)での少数民族迫害や人権活動家への弾圧をはじめ、強権化を深める習近平体制のもとでも、やがて同様の歴史の審判を受けることとなる「良狗」たちがさぞかし大勢いるはずだろう。
 本書は中・英・日の膨大な資料を渉猟した労作だ。ただ、玉石混交の参考文献の取り扱いにあたり、文献批判の姿勢に粗放さもあると感じられる。読者にも情報への高い判断力が求められる。
(朝日選書・1980円)
1969年生まれ。愛知学院大准教授、中国現代史。『習近平の政治思想形成』など。

◆もう1冊

広中一成著『傀儡(かいらい)政権 日中戦争、対日協力政権史』(角川新書)

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