ぼくが歌う場所 フォーク・ソングを追い求めて50年 中川五郎著

2021年12月5日 07時00分

◆今こそ立ち返る反戦歌
[評]内田誠(ジャーナリスト)

 中川五郎の歌を生で聴いたことがある。確か一九六八年だったと記憶する。フォークソングの歌い手が一堂に会する贅沢(ぜいたく)なコンサートがあり、中学生になったばかりの評者は友人とともに渋谷公会堂に出かけていった。高石ともや、岡林信康、高田渡、五つの赤い風船など名だたる歌い手が次々に演奏していった。
 一時間ほどたったころ、司会役でもあった高石ともやがその男の名を呼ぶと、舞台下手から眼鏡を掛けた痩せぎすの男性が現れた。ギターを抱え、恥ずかしそうに登場した彼は、他のシンガーの歌とは異質の激しいプロテスト・ソングを歌い始めた。確かピート・シーガーの『腰まで泥まみれ』だったと思う。男はギターをかき鳴らしながら高揚した様子で歌いきった。それが、大学生になったばかりの中川五郎だった。
 荒削りな演奏に癖のある歌い方だったが、中身は中学生にもそれと分かる反戦歌だった。それから五十数年。本書は今も反戦歌やプロテスト・ソングを歌い続ける中川五郎の長年にわたる詳細な活動記録でもある。
 フォーク一筋といっても、歌手としての中川の人生が、歌の方向性を含め、一直線だったわけではない。転機は、ピート・シーガーの作品との出合いであり、国際反戦デーの「敗北」であり、十年近い中断を経て、東日本大震災後に訪れた。
 本書には、中川自身の結婚と恋愛、業界内の軋轢(あつれき)なども赤裸々に語られている。その中川が「自分自身の原点と言えるプロテスト・ソング」に立ち戻ったのは知人が二〇〇五年の都議会選挙に「憲法九条を守る」として立候補したことだった。〇三年三月にはイラク戦争が始まっており、課題としての「反戦」は、そのときも変わっていなかった。
 本書を読んで強く共感したのは、表現者がメッセージを直接伝えることの大切さだ。その意味では、聴衆の多少に関(かか)わらず「人前で歌うこと」に特別高い価値を置いてきた中川にとって、コロナ禍の日々は切歯扼腕(せっしやくわん)、懊悩(おうのう)の毎日だったに違いない。
(平凡社・3080円)
1949年生まれ。フォークシンガー、翻訳家。著書『七〇年目の風に吹かれ』など。

◆もう1冊

チャールズ・ブコウスキー著、中川五郎訳『ブコウスキーの酔いどれ紀行』(ちくま文庫)

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