偶然性の一瞬を歌に 第四歌集『ひかりの針がうたふ』が若山牧水賞に選ばれた 黒瀬珂瀾(からん)さん(歌人)

2021年12月4日 13時06分
 歌人黒瀬珂瀾(からん)さん(44)=富山市=の第四歌集『ひかりの針がうたふ』(書肆侃侃房)が十月、優れた短歌文学の作者に贈られる若山牧水賞に選ばれた。娘の成長や博多の景色を題材にした歌の数々は、同性愛や幻想的なモチーフを詠んだ初期作と対照的だ。地元の古本市のトークイベントに登場した黒瀬さんを訪ねた。
 受賞作は、福岡市で暮らしていた二〇一二〜一三年の歌を収録。一一年に生まれた長女のしぐさや、環境調査の仕事をした海の風景を詠んだ作品が目立つ。
 保育所の扉ひらけば埠頭へと舟寄るごとくわが脚に着く
 香椎潟にゆふやみ降れば魚(うを)たちの飛び跳ねやまず名は分かねども
 福岡の地名は意識して取り入れたといい、「仮住まいの旅の時間をまとめた歌集で(旅の歌人)若山牧水の賞をいただいた。ご縁を感じる」と喜ぶ。
 一方、この秋に復刊された約二十年前の第一歌集『黒耀宮』(泥書房)はまったく異なる、耽美(たんび)な世界が広がる。
 パーティーの前にトイレでキスをして後は視線をはづす約束
 わがために塔を、天を突く塔を、白き光の降る廃園を
 黒瀬さんは「われながら同じ人間の歌集とは思えない」と苦笑する。「ただ僕は変わっているつもりはない。基本はどれもが経験の反映だが、現実をそのままなぞったものでもない。変わったとしたら、周りの環境かな」と話す。
 どういうことか。「個人の内面はからっぽで、外界から来るものとの関係性の中で歌をつくっている」。美しいと感じた幻想文学や同性愛の歌も、娘の日常や博多湾の歌も「自分に訪れた運命をどう受け止めたかの記録」という。
 確かに二つの歌集をよくよく読むと、死や滅びへのまなざしなど、通底する部分がある。「幼い頃から、皆いつか死ぬという強迫観念があった。ただ、滅ぶからこそ一瞬が美しいという気持ちは今もある」。それが黒瀬さんの「からっぽ」の正体かもしれない。
 一九七七年、大阪府豊中市に生まれた。小学生の頃に短歌と出会い、自分でもつくるように。高校時代に傾倒した作家渋澤龍彦の文章で塚本邦雄の前衛短歌を知り、衝撃を受けた。同性愛や少年愛を美しく紡いだ歌に「それまでの価値観がひっくり返った」。
 十七歳で名古屋の歌人三宅千代さんが主宰した中高生向け短歌雑誌「白い鳥」に参加。卒業後は三宅さんの紹介で、憧れていた中部短歌会主宰の歌人春日井建さんに師事した。
 そして二十五歳の時にまとめたのが『黒耀宮』。大学で学んだフランス語や神話の名詞をちりばめ、愛好したファンタジー小説やアニメの登場人物を登場させた。「遠い世界に移りたい希求のかけらで埋め尽くされている。自身の偏見や乱暴さを感じ、削りたい歌もあるけれど」
 やがて結婚で婿養子に入り、富山市にある妻の実家の寺を継ぐため浄土真宗の僧侶になった。一一年二月からは文学研究者の妻の海外派遣に伴い渡英、一年間を現地で暮らした。「英国で子どもも生まれ、男の自分が押しつけてきた不利益や不平等を思い知らされた」と振り返る。
 帰国後は福岡に転居。金沢を経て、一七年から富山で暮らす。結社の垣根を越えた歌会の発足に参加し、新聞歌壇の選者も務める。
 自身の遍歴を通して「人間は外界から作り替えられるもの」という思いを深めてきた。コロナ禍で生活が激変したように、人生は意図しない変化を迫られる。「今の社会全体に、自分を信じすぎる傾向があると思う。いろんな考え方、人は変われることを、もっと認めていかないと」と話す。
 短歌も同じと考える。「意識して変えるポエジー(詩情)より、いや応なく変わるポエジーに引かれる。これからの詩歌を開くのは偶然性では」
 北陸の歌もいずれ歌集にまとめるつもりだ。「曇天の下の深い色をした富山湾と、透き通った博多湾では生まれる歌が違う」と実感がある。世界との関係で生まれる偶然の瞬間を、これからも歌にしていく。 (谷口大河)

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