泉 麻人【東京深聞】 常陸の城郭都市と蕎麦の里(後編)

2021年12月22日 09時45分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

常陸ひたちの城郭都市と蕎麦そばの里(後編)

 常陸太田は清和源氏の流れを組む佐竹氏の一族が1100年代から1600年代にかけて居城した舞鶴(太田)城の門前に栄えた町で、2筋の商店通りの奥が丁字路になって1本にまとまるような町割がいかにも城下町らしい。
 そんな丁字路近くの古い文房具屋の前の内堀町の停留所で北郊の竜神峡の方へ行くバスを待つ。そうか……舞鶴城跡はこのちょっと奥だから「内堀」の名は城の堀割が実際このあたりに通っていたということだろう。ちなみにこの文房具屋のショーウィンドーには大正時代の付近の町並(すでににぎわっている)や水戸城の写真などが展示されていた。
 11時28分発のバスに無事乗りこんだ。水郡線の乗りつぎをミスって焦っていた(前回)のは、このバスを逃すと午後の1時まで目的地の竜神峡方面へ行くバスがないからだ。
 今回は前シリーズ(大東京のらりくらりバス遊覧)以来、久しぶりに1時間近くたっぷりバスに乗車することができる。さて、バスは最近の地方都市の路線らしく、市役所やら大型スーパー(フェスタという)やらの方を迂回しながら、ほぼ北方へ進んでいく。町並が途切れて山里めいた景色になってきた頃、西山せいざん荘入口というバス停を通ったが、この「西山荘」は水戸光圀が晩年の10年ほど過ごした隠居の地で、ちょっと昔の観光案内書で常陸太田というとまずここが紹介されている。写真を見るとかやぶき屋根のなかなか野趣に富んだ屋敷のようだが、立ち寄る時間はない。近くに、「助さんの住居跡」というのもあるようだが、これはキャラのモデルになった佐々宗淳という人物のものらしい。
 山間の風景が延々と続くわけではなく、時折集落が現われてはまた消える。バス停好きなので停留所の名が気になってしまうのだが、和田朝日屋とか和田玉喜屋とか、集落で古くからやっているような商店の名前がそのまま採用されているのがのどかでいい。
 かつて煙草の名産地として知られた水府の名を残して集落を過ぎて、天下野の名が続く(天下野一区、天下野二区……)領域に入った。これ、テンカノあるいはテガノでもなく、ケガノと読むのだ。その由来は、いくつかの説を総合すると“水戸光圀公が天下一と誉めた村人たちの散々楽ささら踊り”と、おそらくそれ以前から付いていたケガノという地名とが合わさって定着したもの、と思われる。
 そんな天下野地区に入ると、竜神大吊橋入口というバス停があり、その先の九十九つづら折の坂道を上った「竜神大吊橋」でバスを降りた。
 目の前にハープ橋型の大吊橋がある。竜神峡のダム湖の上に架かる、距離375メートルのこの吊り橋、当初はもっとグラグラ揺れるスリリングな装置と思っていたのだが、路幅も広く、両脇にしっかりした柵もあって、揺れもほとんどない。鳥肌モノのアトラクションを想像してきた人にとっては、安定していてやや拍子ヌケかもしれない(そういう人のためにバンジージャンプが設備されている)が、路面に数カ所、ガラスの小窓や網がセットされていて、初心者(その基準はよくわからないが)はチラッと覗くだけでゾッとする。
 しかし、下を見るよりもともかく見渡した周囲の山景色が素晴らしい。
 向こう側へ渡って、また引き返してきた。街道からここに至る九十九折道の途中にも、新そばの看板を出した店はあるけれど、訪ねた店はバスで上ってきたクネクネ道を街道まで下って、少し北方へ行ったところの「梅花亭」という店。「竜っちゃん乃湯」という日帰り温泉施設内の店なのだが、今回はのんびり湯に浸かる余裕はない。
 丸いザルに盛りつけられたそば、ここは鴨汁に浸していただくようだが、そばにまろやかな甘味があった。定食になっていて、小皿で添えられた“凍みコンニャクの天ぷら”というのもオツな味だった。

竜っちゃん乃湯にある食事処「梅花亭」にて

「薄切りのコンニャクをワラを敷いた田んぼで凍らせた、昔ながらの保存食なんですが、そば以上に経費が要ってるんですよ」
 と店主に伺ったが、実際ミヤゲで売られている凍みコンニャクはけっこう高い。
「そばはこの辺の天下野やもう少し南の金砂郷かなさごう、いくつか産地があるんですが、新そばの時期は刈り取っちゃってるから、どこがそばの畑か一般の人にはよくわからない。こんどは夏の終わりの9月頃にいらっしゃってください。かれんな白い花が咲いてますから……」
 店のすぐ先の天下野六区から帰路のバスに乗った。車窓に見えた枯れ野に白いそばの花が咲きほこる景色をふと想像した。
次回は、来年2022年1月12日(水)更新予定です。
お楽しみに。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/




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