青森から江東区へ 「旧渋沢邸」が故郷に移築 清水建設 棟上げ

2021年12月7日 07時12分

棟上げした旧渋沢邸=江東区で

 明治時代の実業家、渋沢栄一(1840〜1931年)の邸宅「旧渋沢邸」が、もともとあった江東区に戻ってきた。旧邸宅の現所有者で、青森県六戸(ろくのへ)町から同区潮見2への移築を進めている大手ゼネコン「清水建設」が6日、母屋主要部の骨組みなどが終わり、棟上げしたと発表した。移築完了は2023年2月ごろで、一般公開する計画という。(井上靖史)
 渋沢は旧深川区議や同区議長を務めるなど現在の江東区と縁が深く、邸宅は深川福住町(現江東区永代)にあった。清水建設によると、一八七八年、渋沢が経営に携わった同社の起源「清水組」の二代目、清水喜助の設計で木造和風の建築が完成。その後、ステンドグラスを施した玄関や大理石の暖炉を備えた応接室など洋館の増築も担った。地上二階、延べ床面積は千二百四平方メートル。
 渋沢邸は一九〇八年、三田綱町(現・港区三田)に移築。戦後、国の所有となり、大蔵相公邸などとして長らく使われたが、取り壊しの話が持ち上がり九一年、渋沢家に執事などとして長年、仕えた青森県六戸町の関係者が払い下げを受け、移築された。清水建設はいずれの移築も担った。
 同社は二〇一九年、所有権を取得。同年二月、専門家による調査をしながら解体を始め、同十一月に完了した。二万数千点に及ぶ部材は江東区木場の同社加工工場で保管。耐久性などをチェックし、二〇年十一月から再築を進めてきた。

青森県六戸町で保存されていた当時の旧渋沢邸(いずれも清水建設提供)

 この日、上棟した母屋主要部は、渋沢が居間として使用した二階建ての木造和風建築。今後、裏手の平屋、土蔵、洋館の再築を加速する。同社の担当者は「二三年春には本格的な和洋の建築を巧みに調和させた貴重な建物がよみがえる」と話す。移築先の敷地には同社が研究・研修施設を併せて整備する。

関連キーワード


おすすめ情報