<東海第二原発 再考再稼働>(34)公明、本音は反対のはず 元運輸相・二見伸明さん(86) 

2021年12月7日 07時29分
 日本原子力発電東海第二原発(東海村)から半径三十キロ圏内の十四市町村には広域避難計画の策定が義務づけられているが、そんな線引きに意味はない。事故が起きれば三十キロも五十キロも変わらない。むしろ、住民に「三十キロ圏内じゃないからうちは安全」と捉えられる恐れがある。
 そもそも、各自治体がちゃんとした避難計画を作れるか疑問だ。
 持論になるが、太平洋戦争の大空襲を経験したことのない人間に、避難計画なんて作れないと思う。私が小学五年生の時、疎開先だった(現在の)埼玉県蕨市で、目の前に焼夷弾(しょういだん)が落ちてきたことがある。今でもよく覚えているが、そういう時、人は冷静でいられないものだ。
 原発事故も同じだ。いざ事故が起きた時に、例えば避難バスの運転手は誰がやるのか。自分の身を案じてその前に逃げたとしても不思議ではない。本当に恐ろしい時には、必ず計算外のことが起きる。全てを想定した計画など作りようがない。
 私は東海第二の再稼働だけでなく、全ての原発に反対だ。直接被爆した経験があるわけではないが、広島、長崎への原爆投下や第五福竜丸事件と同時代に生きたことは、原子力への考え方に大きな影響を与えた。目に見えないものが体をむしばむことへの恐怖を覚えるようになった。
 羽田孜(はたつとむ)内閣で私が運輸相だった時、閣僚懇談会中にフランスが核実験をしたという情報が入ったことがあった。当時、「本当は核には反対なんだけどね」と話す閣僚は多かったが、日本は米国の核の傘に入っていることもあり、表だって核兵器に反対とは言えない雰囲気だった。私もそうだった。
 そんな中、はっきり反対していた閣僚が一人だけいた。公明党の参院議員で当時環境庁長官だった浜四津(はまよつ)敏子さんだ。こういう気概のある政治家は、最近はなかなか見当たらない。今の公明党内にも、本音では原発に反対の議員は少なくないはずなのに、はっきり言える人はいない。
 政界を引退してからは、原発への反対運動に積極的に関わるようになった。昨年、東海第二の再稼働の賛否を問う県民投票条例を大井川和彦知事に直接請求した際も、署名を集める受任者として参加した。私は既に車の免許証を返納しているので、近所をひたすら歩き回って数十人に名前を書いてもらった。
 条例案を否決した県議会の考え方は理解できない。県民投票を通して再稼働を阻止するのは、もう諦めている。やはり一番大事なのは選挙だ。だが、残念ながら今回の衆院選で原発はほとんど争点にならなかった。明確に訴えていたのは共産党だけだ。
 来年の参院選では、明確に原発への反対を訴える候補者が立候補するよう、各党に働き掛けるつもりだ。体が動く限り、原発を止めるための活動は続けていく。(聞き手・長崎高大)
<ふたみ・のぶあき> 1935年、東京都生まれ。早稲田大政治学研究科を修了後、公明新聞記者を経て、69年衆院選で旧茨城3区に公明党から立候補して初当選。連続10期務める。93年に党副委員長、94年に羽田内閣で運輸相。その後は新進党、自由党に参加し、2003年に政界引退した。土浦市在住。

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