<わたしの転機>発育支える輪広げる 公務員を定年後 子ども食堂の担い手に

2021年12月8日 10時13分

「子ども食堂の輪をもっと広げたい」と話す杉崎伊津子さん=愛知県碧南市で

 「子ども食堂は人と人、人と地域がつながる場」。愛知県内の子ども食堂でつくる「あいち子ども食堂ネットワーク」の元共同代表、杉崎伊津子さん(75)は力を込める。公務員を定年後、子育て支援などのボランティア活動に奔走。食を通して地域の絆を育み、子どもたちの成長も支えようと励んでいる。 (植木創太)
 名古屋市内の商業高校を卒業後、社会保険庁の愛知社会保険事務局(現・日本年金機構中部ブロック本部)に入り、年金や医療を専門に定年まで働きました。制度を知ってもらうため、講師として事業所を回る仕事にも長く携わりました。
 退職後、前職からの縁で、医療・介護事業を手掛ける地元の北医療生協の副理事長を任されました。二〇〇八年から生協の仲間たちと乳幼児の親子の遊び場の運営を始めたのが、ボランティア活動の入り口です。私も息子(46)が一人います。子育て中は、全国的に保育施設の整備運動が盛り上がった時期。私も家族や周囲の支えで仕事を辞めずに息子を育て上げることができたので、恩返しの気持ちもありました。
 ボランティアにのめり込む中で、一五年春に人づてに子ども食堂の存在を知りました。当時は生活保護家庭の子どもの学習支援にも取り組んでいて、通っている子から「学校の給食がない夏休みや冬休みに痩せる子がいる」と聞き、心を痛めていました。すぐさま、東京の子ども食堂を見学に行き、「料理を作ることなら私もできる」と一念発起。地元の法律事務所や福祉団体と協力し、その年の十一月から月一回、「わいわい子ども食堂」を始めました。初回の利用は三人でしたが、勢いでやり続けてきました。
 その後、少しずつ認知され、コロナ禍前には利用者が二百人近くに。食材などの寄付も増え、当初は二百円だった子どもの参加費は無料になりました。県内各地に活動の輪も広がり、これからというときにコロナが襲来。感染対策から食堂は開きにくい状況が続いています。子どもたちの顔が日々頭に浮かびます。なんとか食を届けようと、三密を避けるため屋外で臨時開催したことも。今は食料品を配布する形で支援を続けていますが、一人一人とのつながりが薄くなりがちなので苦心しています。
 最近は食堂開設のノウハウを教える活動にも力を入れています。子どもたちや支援者との新たな出会いは、私にとっても人生を豊かにする大事なもの。「子どもが歩いて行ける小学校区ごとに一つ食堂を」が今の目標です。食を通じて絆を生む。子ども食堂の輪をもっと広げたいです。

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