<新お道具箱 万華鏡>狂言「髭櫓」 小さな櫓と大きな毛抜き
2021年12月10日 07時26分
たとえば、自分のアゴにふさふさとした立派な髭(ひげ)があったとする。その自慢の髭を無理矢理、剃(そ)られそうになったら…。どう守りますか?
狂言「髭櫓(ひげやぐら)」に出てくる男は何を思ったか、謎の小さな櫓を胸の前に構え、髭を守ろうとする。え!そんな方法で?とツッコミを入れずにはいられない。
タイトルロールにもなっている髭の櫓。一体、どんな道具なのか。大蔵流狂言方の茂山千五郎さんを京都に訪ね、話を聞いた。
「髭櫓」の主人公は、大きな髭をたくわえた見栄っ張りの夫。その髭を見込まれて、大嘗祭(だいじょうさい)の祭事の役に選ばれた。有頂天になった夫は、妻に向かって、やれ髭の掃除をしろ、高価な衣装を作れと横柄な態度で命令しはじめる。
「妻としては、お金もないのに髭のせいでそんなことになるなら、抜いてしまえ!と怒るわけです」
そして、あの櫓が登場する。
「髭に櫓を組むって、どういうことなんやろね(笑)。内容的には、すごくバカバカしいんですが、それを大仕立てにして、くそ真面目にやっているおかしさがあります」
ニコニコしながら千五郎さんが箱から髭櫓を出して見せてくれる。近くで見ると結構大きい。
「そうなんです。これを着けて、刀を抜いたり、振り上げたりもしますので、ホンマは邪魔なんですよ(笑)」
U字形の取っ手のようなところを首に掛けて演じるという。
「長さを変えられるようになっていて、使う人が自分の身体に合うように調整します。この長さの加減がとても大事」
千五郎さんは、これまで夫の役を十回ほど演じているが、もうちょっと上がよかったかなとか、毎回、その長さを研究しているという。
さて、怒りの頂点に達している妻はついに夫を追い詰め、巨大な毛抜きで髭を引っこ抜く。本来小さいはずの毛抜きが大きく、逆に大きいはずの建造物の櫓が薬箱みたいに小さい。まるで不思議の国のアリスのようなナンセンスワールドが楽しい。
終盤には囃子(はやし)も入り、音楽的にも盛り上がる。
「夫は徹底的にやりこめられてしまいますが、後半は二の線でいけるところもあり、演じ甲斐(がい)があります」
この話、私は妻のほうに肩入れしてしまうが、皆さんはいかがでしょうか。(伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)
◆公演情報
<狂言「髭櫓」> 来年一月十四日午後一時、東京・国立能楽堂で上演予定。シテ(夫)は茂山千五郎。ほかに「連歌毘沙門」「犬山伏」の狂言二演目。
国立劇場チケットセンター=(電)0570・079900。ネット予約は「国立劇場チケットセンター」から。
◆取材後記
妻の怒りの“凶器”、おばけ毛抜き。これが半端ない大きさで、持参したメジャーで測らせてもらうと、長さが87センチあった。銀色に輝いているが、実は木で作られている。だから、とても軽い。金属製の毛抜きは、いつからあったのだろうという話題も出たので、後日、調べてみた。平安時代にはすでにあったようで、「枕草子」にも「毛のよく抜くる銀の毛抜」と登場していた。(田村民子)
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