プレッシャーを分け合い、メダルを取る 北京で「ライバル物語」再び スピードスケート・清水宏保

2021年12月11日 06時00分

長野五輪スピードスケート男子500㍍で金メダルを決め、ガッツポーズの清水宏保

<白銀の記憶②>
 「頑張れよ」。スタート前、声をかけてきたのは堀井学だった。1998年長野五輪、スピードスケート男子500メートル。先に滑り終えていたライバルからの声援に、清水宏保は程よい緊張感を覚えた。
 持ち味は「ロケット」と評されたスタートダッシュ。こだわったのは1歩目。「そこが決まればスタートは決まる」。161センチの小柄な体をかがめ、低い姿勢で飛び出す。カーブの膨らみは最小限で力みもない。「この時間を終わらせたくない」。35秒59の五輪新記録(当時)をたたき出した。日本スピードスケート界初の金メダル。
 代表から漏れた選手や両親への思いが涙となってあふれた。応援席には堀井の姿。選手村の同部屋に戻ると、13位に終わっていた先輩が「おめでとう」と祝福してくれた。

しみず・ひろやす 1974年生まれ、北海道帯広市出身。男子500メートルで98年長野五輪金、2002年ソルトレークシティー五輪銀。世界距離別選手権優勝5回、ワールドカップ(W杯)総合優勝3回。10年に引退、介護やフィットネスなどを手掛ける会社を立ち上げた。

 北海道・白樺学園高の後輩と先輩。清水が1年の時、3年の堀井は既に前年の全国高校総体を制していた。「身近に王者がいるなら、その人に勝てば日本一になれる」。日々の練習が何よりの教材。滑りの技術を盗もうと必死だった。

引退後は介護やフィットネスの会社を立ち上げた清水宏保さん

 そろって出場した94年リレハンメル五輪は、堀井が銅メダル、清水が5位。その後の4年間で清水は500メートル、堀井は1000メートルで世界記録を樹立した。
 長野五輪では、集中力を高めるため報道陣に言葉を発しなくなった後輩を思い、率先して口を開いたのが堀井だ。清水は「僕は逃げてしまったが、1人で背負ってくれた。だからレースがしやすかった部分もある」と回想する。
 時を経て今、日本短距離界は新たな2人のエースが競う。ダイナミックな滑りの新浜しんはま立也(高崎健康福祉大職)とスタートに強い村上右磨ゆうま(高堂建設)。清水は言う。「注目が二つに分かれ、プレッシャーを分け合える。メダルを取らないと注目されないから」。繰り返されるライバル物語。北京で24年ぶりの栄冠が再現されることを期待している。(敬称略、永井響太)

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