<村田諒太の見習い日記>「やりたいこと」心の糧に

2021年12月17日 06時00分
村田諒太(4月撮影)

村田諒太(4月撮影)

 12月29日の試合(ゲンナジー・ゴロフキン戦)は延期となりましたが、望みを捨てないで頑張っております。
 プレッシャーの中、自分と向き合う日々が続き、それが延期となり、複雑な心境は拭えませんが、こういった時だからこそ、改めて自分の内面と向き合っています。
 人間が困難に直面することに「意味」があるとするならば、自分と向き合い、自分の人生、生き方などを省みることにあると感じております。
 先日教えていただいた言葉で、すごく気に入っているフレーズがあります。
 「success is doing your own thing for the benefit of others」
 成功とは、あなたのやりたいことをやっていることが、他者にとっての価値(恩恵)となっていること。
 この言葉を聞いて初めに考えたことが、「doing」と進行形であることです。決して過去形の「did」ではなく、今、現在しているということ。
 そして、自分のやりたいことが「結果として」他者の価値になっているわけで、初めに他者ありきではなく、しかし、他者に対して価値のあるものでなければ成功ではないということ。
 結局、人間が「生きがい」を喪失する際に鍵となるのは、この「own thing」(やりたいこと)がないということではないでしょうか。
 あなたが本当にやりたいことをやる。それは当然のように輝きを放つわけで、その力は絶大だと思います。これが子育てであってもいいし、創作活動であってもいいと思いますし、そこに優位差は存在しません。
 われを忘れるほど、心の底から没頭している状態、聖書にも「神の国は幼子のようにならなければ入れない」と書いてありますが、幼子のように、目の前の事に没頭できるようになれば、生きながらにして、そこは天国と化すのでしょう。
 他方、「生きがい」を喪失してしまった人間にとっては、心は死んでいるのに、身体だけが生きており、その生を過ごさなくてはならないような状況となった時に、時間というものが煩わしい存在になり、人は不幸を感じるのかもしれません。
 そういった意味で、今の私にとって、この時期は「生きていること」を感じられるありがたい機会なのでしょう。
 では、ボクシングを引退したらどう生きていけばいいのか。それはいまだ分かりません。
 「own thing」を追い求めても、いや、むしろ追い求めれば追い求めるほど、逃してしまいそうな気がしております。
 こんな時「明日のことは明日自らが思い悩む、その日の苦労はその日で十分である」という聖書の言葉が聞こえてきます。
 悩んでもしょうがないけど、この「own thing」、心の大切な場所にいてもらおうと思っております。(ボクシングWBA世界ミドル級スーパーチャンピオン)

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