14歳で決めた覚悟、孤高の18年 4度目五輪で集大成の「金」 卓球男子・水谷隼

2021年12月18日 06時00分
卓球混合ダブルスで優勝し、抱き合って喜ぶ水谷隼(右)と伊藤美誠=7月26日、東京体育館で

卓球混合ダブルスで優勝し、抱き合って喜ぶ水谷隼(右)と伊藤美誠=7月26日、東京体育館で

<スポーツ2021年末回顧④>
 現役生活の一区切りとして臨んだ10月下旬の卓球Tリーグ。競技人生の集大成だった東京五輪のように体は動かなくとも、水谷隼(32)はプレー中に確信めいたことがあったという。
 「今まで才能ではなくて、努力を重ねてきて、やってきたと感じることができた」
 この言葉を聞き、コロナ禍の昨夏を思い出した。トップ選手になるための分かれ目は何か。卓球に取り組む高校生向けのオンラインイベントで、水谷がポイントとして挙げたのは「覚悟」だった。
 卓球で将来の生計を立てていくと決意したのは14歳のとき。武者修行のためドイツに向かった。「飛び立った瞬間、将来は五輪で優勝するという夢を持っていた」
 小学生時代から全国優勝を果たす腕前はあった。だが、「若くして活躍すれば、みんな天才だと言われる。それ以上でも、以下でもない」。天才と形容されても、本物の強さを求めた。海外のプロリーグに挑戦し、過酷な環境を選び続けた。
 賛否に揺れた今夏の東京五輪。「試合がなければ何のために練習しているのか」と複雑な心境を語ったこともあったが、本番を迎えればこれまでの戸惑いを感じさせないほどだった。
 一瞬にかける集中力と気迫が記者席にもひしひしと伝わってきた。迎えた混合ダブルス決勝。苦杯をなめさせられ続けてきた強敵の中国勢を追い詰め、打ち破る底力に、日本男子を支えてきた大黒柱の神髄が垣間見えた。
 4度目の五輪で初めて表彰台の頂点に立った。「(金メダルまで)18年かかったが、ドイツに留学した判断は間違っていなかったと昔の自分に言いたい」。覚悟を胸に戦い抜いた言葉には、万感の思いがこもっていた。
 日本の競技環境は目覚ましく向上し、数多くの選手が国内を拠点に技術を磨くようになった。ただ、孤高の戦いに身を置いた水谷は言った。
 「甘い環境にいると楽なほうに流れてしまう。こういうときこそ海外リーグに一人でチャレンジするような選手が現れたら、僕はその選手を応援したい」。次世代に贈る言葉にも水谷らしさが詰まっていた。(敬称略、磯部旭弘)

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