変わりゆく「食」

2021年12月21日 07時20分
 新型コロナウイルスの影響で外食が減って「食」の在り方が問われた。温暖化で将来の食料不足が危惧され、新しい食品開発も進む。改めて「食」とは何かを見つめ、変化の先に何があるかを考える。

◆空腹を満たす楽しさ 「孤独のグルメ」原作者・久住昌之さん

 コロナ禍で、みんな外食ができなくなりました。その不自由さは、食べるということを見直す機会になったと思います。一人で食べる、家族と食べる、同僚と食べる。それは、どういうことなのか。誰もが考えたのではないでしょうか。
 僕自身、コロナの前は仕事が終わると一人で飲食店に行って気分転換していました。一人だから無言です。コロナになって「黙食」という言葉が出てきて、そういえば黙って飲んでたなと初めて気付きました。
 一人で食べるとき、どうすれば楽しめますか? 人から聞かれると、以前は困っていました。僕にとっては、それが日常なので、楽しみ方なんて考えたこともなかったからです。
 でも、店に行けなくなって僕も考えて、今はこう答えています。おなかを減らしなさい。一人で食べるのは寂しいとか楽しくないとか、それは腹が減っている人の発想ではないですよ。万人に共通の悲劇は、おなかがすくということです。その悲劇が解消されたとき、人は笑顔になる。それが楽しさです。
 「孤独のグルメ」の主人公もそうです。知らない街で、すごく腹が減って、いい店はないかと探す。どこか滑稽ですよね。それで、やっと何か食べることができて「これ、いい」とか心の中で言う。特別な料理でなくてもいいんです。
 ドラマが受けた背景には時代の変化もあると思います。雑誌で漫画を連載した一九九〇年代は、まだグルメブームが残っていましたが、そういう作品ではないので読者は少数派でした。一人で牛丼店に入る女性も少なかった。今では普通ですよね。だから、ドラマは多くの人に見てもらえたと思います。
 韓国や台湾、中国でも、あのドラマは放映されています。韓国や中国では、一人で食べるという習慣はなかったけれど、最近は晩婚化などの影響で、特に都市部では一人で食事をする人が増えているそうです。そういう人にあのドラマが刺さっているようですね。
 食とは「モノ」ではなく「コト」だと僕は考えています。大事なのは食べる物ではなく、食べる人なんです。その人の経験とか、その場の状況もかかわってきます。おいしいものは、喜びの記憶として人の中にあります。時代が変わっても、そこは変わらないと思います。(聞き手・越智俊至)

<くすみ・まさゆき> 1958年、東京都生まれ。漫画家、ミュージシャン。漫画「孤独のグルメ」(作画・谷口ジロー氏)はテレビドラマ化され、人気シリーズに。ドラマの音楽も担当。

◆未来見据え食材選択 宮城大教授・石川伸一さん

 仙台市で暮らしている時、東日本大震災が起きました。被災したので、つらい、苦しいときはおいしいものが不可欠であると実感しました。それまでは食品の健康機能などを研究していましたが、震災を機に料理のおいしさを科学的なアプローチで解明するということを研究の中心に据えるようになりました。
 今は海外の食材が容易に手に入り、調理手法もすぐに共有される時代です。トップシェフになるには、スペイン人のフェラン・アドリア氏が「デコンストラクション(脱構築)」という概念を導入して、伝統的な料理をまったく新しくつくり変えたように卓越した思想などが要求されるかもしれません。例えば、彼の開発した調理法「エスプーマ」は新しい食感、食の楽しみを料理にもたらしました。
 料理人は最新の調理技術にアンテナを張り、アート的な視点も持ち合わせています。一方で、原価計算を忘れない経営感覚の持ち主でもあります。彼らの発想をサポートする知識を提供すべく研究を続けていますが、コロナ禍に苦しむ料理関係者が多いことに心を痛めています。
 豊富な食のバリエーションしかり、食への強い執着心しかり、日本で研究している強みを感じています。ただし、牛肉の高騰は続くでしょうし、小麦粉の値段も上がるでしょう。安くおいしく食べることは難しくなっていくかもしれません。環境に優しいとされる培養肉はまだシンガポールでしか販売されていませんが、技術革新が進むことによってあっという間にコストが下がり、味もよくなるでしょう。ただし、培養肉を私たちが実際に食べるかどうかは別の問題です。消費者には選ぶ権利があります。自分の国の食事だけを考えるだけでなく、ほかの国のこと、さらに未来のことも考えて、何を食べるかを決める時代だと思います。
 多様な選択肢を失わないために、自国で生産できる体制を整える必要があります。その取り組みの一つが「スマート農業」です。実証プロジェクトがスタートした令和元年は「スマート農業元年」とも言われています。他国と比べて狭い日本の農地は機械化が困難でしたが、ロボットやドローン、AI解析などを導入することで、人手不足や熟練性の問題に対応ができる可能性があります。農村の風景が変わる日も近いかもしれません。(聞き手・中山敬三)

<いしかわ・しんいち> 1973年、福島県生まれ。専門は分子調理。著書に『料理と科学のおいしい出会い』(化学同人)、『分子調理の日本食』(オライリー・ジャパン、共著)など。

◆欲望共有する社会へ 京都大准教授・藤原辰史さん

 コロナによって「食」についてはさまざまなレベルで変化が見られました。ステイホームで料理に目覚めた人が多く、野菜の種を買ってきて自ら家で栽培する「プチ農民」も増えました。危機の時代はいつもそうなのですが、食の原初的な風景が回帰したように感じます。
 一方、コロナでホームを失った人にとって、ステイホームは残酷な要請です。炊き出しなどをしていた市民団体の活動も難しくなりました。貧困などで満足に食べられない子どもたちにとって貴重な食の機会だった学校給食や子ども食堂も止まりました。
 ホームの外にある「社会」と呼ばれる場所で提供されていた食にアクセスしにくくなることは、社会との縁が切れることがいかに大変かを教えてくれました。見えてきたのはそれだけではありません。食が輸入に支えられ、農林漁業が外国人労働者で成り立っていることも知られるようになりました。
 しかし、無視されがちだった食べ物をめぐるシステムや構造が見えてきたことは、逆に希望です。新しい食のシステムを探るきっかけになるからです。
 コロナが新しい危機とは全く思いませんが、これまであった危機を顕在化させたのは確かです。例えば、シングルマザーやホームレスの方々の食の危機。従来、自己責任で片付けられてきましたが、社会が対処すべき危機と認識され、食を家庭内にとどめるのではなく外に開く必要性を教えてくれました。
 それは未来の食につながる話でもあります。今後、地球温暖化で農業危機は必至です。それを克服するために食の新技術が次々と開発されていますが、技術に頼るのは二十世紀的。二十一世紀は物を扱う技術より、人の関係性がかぎではないでしょうか。あまりに個人主義化、テクノロジー化した食を見直すこと。大規模ではなくコミュニティーに立脚した小規模、分散型の農業の方が、温暖化に弾力的に対応できるでしょう。
 それは社会を組み直すことにもつながります。私たちを分断する新自由主義は一人ずつ個別の欲望をあおることでもうけるシステムです。それを壊して、つながりを取り戻すには、私たちが欲望を共有することが必要です。食を通じてこそ共有による新しい社会の形が見えてくるのではないでしょうか。(聞き手・大森雅弥)

<ふじはら・たつし> 1976年生まれ、島根県出身。専門は農業史、食の思想史。『縁食論』、『分解の哲学』(サントリー学芸賞)、『農の原理の史的研究』、『言葉をもみほぐす』(共著)など著書多数。

<コロナと「食」> 新型コロナウイルスの感染対策で多くの飲食店が倒産に追い込まれ、信用調査会社・帝国データバンクによると、コロナ関連倒産は飲食店が最多。外食の減少は家の内外でコミュニケーションの在り方を変えた。貧困層向けの炊き出し、学校給食も一時止まり、食がいかに人間の尊厳を支えているかを明らかにした。

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