泉 麻人【東京深聞】 大雄山の天狗と金太郎めぐり(前編)

2022年1月12日 09時45分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

小田急の新宿駅で箱根行きの特急に乗る。いわゆる「ロマンスカー」だ。いまのロマンスカーは5種類の車両があるようだけれど、9時20分発のそれはMSE(60000形)というタイプで、フェルメールブルー(画家フェルメールが好む群青色をイメージした)に細いオレンジの帯が入っている。
 発車と同時に♬ピーポピポ~という、ロマンスカーならではの警笛が聞こえてきた。1957年にデビューしたSE型特急(ロマンスカーの愛称はこれ以前から使われていた)の時代からのトレードマークだが、僕が子供の頃は走行中もよく鳴らしていたので、“ピーポー電車”なんて呼ぶ人もいた。ちなみに、僕が初めて乗ったロマンスカーは2代目のNSE型だったが、当時は「日東紅茶」の制服を着たウェートレス風の女性が時折やってきて、サービスの紅茶を振舞ってくれたのだ。
 成城、狛江を過ぎて多摩川を渡ると、向こうの丘陵が近くなって、海老名のあたりからは右方に大山と丹沢の山稜が見えてくる。この日は朝からよく晴れていたので、秦野の先で雪化粧した富士山が垣間見えた。

写真は、酒匂川あたりの車窓から見えた富士山。

 小田原に到着。まぁ、通常こういう旅エッセーでロマンスカーに乗れば、このまま箱根をめざすところだろうが、変化球好みのこの紀行、小田原から伊豆箱根鉄道の大雄山線というのに乗ってみようと思う。これは小田原に来るたびに気になっていた未乗の路線だ。
 「大雄山道了尊」と記して、赤い天狗のお面をドカッと掲げた飾りの下に大雄山線の改札口がある。黄色い3両編成の電車に乗り込むと、ローカル鉄道らしい曲折した単線をのらりくらりと北方の山側へ進んでいく。井細田いさいだ、五百羅漢、穴部…駅の名は田舎っぽいけれど、まだしばらくは小田原市街から続く住宅地が目につく。しかし、初めけっこういた乗客は徐々に少なくなって、いつしかガラガラになった。つまり、終点の大雄山まで行く観光客よりも、小田原郊外の住民の足に利用されている電車なのだろう。

乗車した大雄山線の車両には、大雄山線の成り立ちを物語にして紹介されている。写真は、戦後に赤電が誕生した昭和時代のお話の一部。

 富士フイルム前(ちょっと南方に大工場がある)という企業駅の次が大雄山。僕らが乗ってきた黄色い電車の横の操車線に「赤電」と呼ばれる復刻人気車が停まっていた。これは僕が昔なじんだ西武線にそっくりな、くすんだ赤(ラズベリーレッド)とアイボリーのツートンカラーの車両で、西武鉄道系のこの路線でも「赤電」の俗称で親しまれてきた車色らしい。
 大雄山と聞いて、もうすぐそこに山が迫っているような景色を想像していたが、そうでもない。まだ小田原から続く平地のようなところにショッピングセンターや飲食店がぽつぽつと並ぶ、地方小都市風の街並が広がっている。天狗の羽団扇はうちわマークを記した「下駄饅頭」という名物菓子の看板が駅のホームにいくつも出ていたが、残念ながらこの店は定休日(木曜)。その2階の居酒屋「養老乃瀧」は、戦前に開店した支店の1号店らしい。天狗の一方、駅前にはもう1つの足柄のヒーロー、金太郎が熊にまたがる奇妙な作風のブロンズ像(まわりにサルやウサギ、イヌもいる)が飾られていた。
 お昼も近いので“釜飯”を看板料理に謳った「三好屋」という和風ファミレス系の店で釜飯(サクラエビ、アサリ、シラスなど各種あり)を食べて、道了尊行きのバスに乗った。3キロばかり先の山間にある最乗寺の道了尊というのがこの大雄山の第一の名所であり、また大雄山線もここへ行く参詣者のために敷かれた鉄道(大正14年開通)なのだ。

大雄山駅近くにある「三好屋」にて昼食。

 天狗の羽団扇の飾りが付いた大雄橋を渡ると、参道一丁目の停留所の先から急な上り坂になって山道めいてくる。沿道に小さな旅館が1軒、2軒と見えるから、かつては参詣の人もけっこう泊まったのだろう。仁王門(近くに最乗寺入り口の仁王門がある)のバス停を過ぎると鬱蒼とした杉に覆われた本格的な山道になって、終点の道了尊に到着。周辺に2、3軒並んだミヤゲ物屋のつくりが古めかしい。途中の道端にも見掛けた「天狗せんべい」の看板が掲げられ、呼びこみのオバサンに試食を促された。(つづく)
次回は、2022年1月26日(水)更新予定です。
お楽しみに。

PROFILE

◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『黄金の1980年代コラム』(三賢社)『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。
◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/




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