<寄席演芸の人びと 渡辺寧久>湯の町の夜が一変 草津 温泉らくご・小林恵生事務局長

2021年12月24日 07時34分

「草津 温泉らくご」の小林恵生事務局長

 群馬県の草津温泉。温泉街の真ん中に観光名所、湯畑がある。その一帯の夜を変えた人物として地元で知られるのが、「草津 温泉らくご」の小林恵生(よしのぶ)事務局長(46)だ。「奈良屋」「草津ナウリゾートホテル」など五軒の宿泊施設の経営者でもある。
 「宿泊客に喜ばれる夜八時からのコンテンツを作りたい」との思いで二〇〇九年十二月に始めた。会場は、湯畑に隣接する草津町の施設「熱乃湯(ねつのゆ)」。日中は湯もみショーが連日開催されている。そこで夜に目をつけた。元日から大みそかまで毎日開催。標高一二〇〇メートル、日本一高い場所で楽しめる定席だ。開催回数は四千回を超えている。
 「周囲から『いつやめるんだい?』」と冷ややかな声が届いた一年目。二年目になるとそれは「頑張ってるな」に変わった。以前は午後六時すぎに閉まっていた湯畑周辺の土産物店、飲食店も、アフター落語会の客を見越し、終演時間の同八時四十分すぎにも営業するようになった。かくして夜の風景が一変した。今では落語会は観光資源として根付いている。

「熱乃湯」での落語会

 「宿の中で落語会をやるのは簡単ですが、泊まったお客さましか見られない。町の中で、公共的にやりたかった」と考えた小林事務局長は、草津町および観光協会の理解、協力のもと、同施設での開催を実現。地元の思いに、落語芸術協会の桂歌丸会長(当時)は賛同し、同協会の二つ目を中心に、毎晩落語会が開かれる仕組みが出来上がった。
 「利益を出すためにやるのではなく、継続するために収入を得る」という方針で、大人千円、子ども五百円の入場料を設定。当初は持ち出しが続いたが、「噺家(はなしか)の宿泊費、交通費を木戸銭で賄えるようになったのは三年目が終わるころ」と軌道に乗せた。運営の基盤を一緒に構築した初代番頭、柳亭芝楽(しばらく)(当時は昔昔亭(せきせきてい)笑海)の功績も大きい。
 「ほとんどが落語を初めて聞くというお客さま。われわれの取り組みが、落語に触れるきっかけになっていることがうれしい」 (演芸評論家)

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