「新しい資本主義」 ぶれる首相の本気度は 中島岳志

2022年1月1日 07時00分
 岸田文雄首相は、「新しい資本主義」を掲げ、新自由主義からの脱却を標榜(ひょうぼう)している。しかし、楽天グループの三木谷浩史氏をはじめとした財界人から批判が相次ぎ、金融所得課税の強化については当面検討しないと述べた。著書『岸田ビジョン』の中ではアベノミクスを批判しながら、総裁選中は、アベノミクスの評価と継承を主張した。いったい「新しい資本主義」とは何なのか。岸田首相は、いかなる経済政策をとろうとしているのか。
 岸田首相は藤井聡との対談(「『新しい資本主義』の原点」=『表現者クライテリオン』1月号)の中で、「新しい資本主義」を「分配」と「持続可能性」に配慮する資本主義と説明している。
 小泉構造改革以降、日本では新自由主義が拡大し、競争に基づく自己責任の重要性が説かれた。しかし、競争そのものが目的化し、企業は近視眼的な利益の計上に躍起になった。その結果、長期的な視点が欠如し、投資への姿勢が消極的になったことで、経済成長にブレーキがかかった。また、株主に利益を配当することが優先されるあまり、従業員の賃金は上がらず、取引先や地域社会への還元もおろそかにされてきた。ここを是正するのが「新しい資本主義」で、これを「公益資本主義」と言い換えてもよいと言う。
 対談相手の藤井は、この主張に強く賛同する。しかし、財政規律を重視する立場をとって来た首相に対して、積極的な財政出動の必要性を強く説き、大胆な方向転換を促す。
 これに対して岸田首相は、「長期的に見た場合」には「藤井先生と私の考えと少し違う部分もありますが……」としたうえで、コロナ禍という緊急事態においては、財政出動をしなければならず、「結論として藤井先生と一致できると私は思っています」と述べる。
 デフレ下で財政出動に動くことに異論はない。現在のような経済状況において、政府が支出を増加させることによって、お金の量を増やすことは重要である。
 しかし、岸田首相の政治家としての特徴は、敵をつくらないように発言の修正を繰り返し、自らの主張をあいまいなものにしてしまうことにある。二〇一五年十月の宏池会研修会では「当面、憲法九条自体は改正することを考えない」と主張しながら、当時の安倍首相が不快感を示したことが伝わると、一転して「憲法は重要だが、時代の変化に対応することも必要」といった趣旨の発言をするようになった。そもそも、小泉首相の時代には政権を強く支持し、構造改革を推進してきた政治家である。
 岸田首相は、これまでの政治人生の中で、一貫してぶれ続けてきた。権力者や目の前の人に合わせ、巧みに衝突を避けることで、着実に地位を築いてきた。そのため、「新しい資本主義」についても、どこまで強い信念に裏打ちされた理念なのかが明確でない。どこまで実現する意思をもって表明しているのかが、不明瞭なのである。
 井上智洋は「『新しい資本主義』とこれからの経済政策」(『中央公論』1月号)の中で、十月十五日に公表された「新しい資本主義実現会議」の構成員について、疑問を呈する。この「メンバーの多くは企業経営者であり、分配政策の重要性を訴えてきた学者などは見当たらない」。「新しい資本主義」に本気で取り組むのであれば、明らかにバランスを欠いた人事になっている。しかも十一月八日に会議から提出された緊急提言は、基本的にアベノミクスやスガノミクスを継承しており、「新自由主義からの転換と呼べるほどの大胆な政策は見られない」。
 井上もまた、ゼロ金利下においては「財政政策がマクロ経済政策の主軸であるべきだ」と説き、「日本経済を再生させるには、財政赤字それ自体を問題にせず大胆な政府支出を行う『反緊縮政策』を実施するしかない」と主張する。そして、ベーシックインカムのような大胆な現金給付を行い、再配分を通じた景気刺激策を進めるべきであると論じる。
 岸田首相は、本気で「分配」と「持続可能性」を追求することができるのか。八方美人にならず、「新しい資本主義」の理念を遂行することができるのか。今後の動向に注目したい。(なかじま・たけし=東京工業大教授)

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