「英国本土から自由に物を運べない」EUに残った北アイルランド 帰属論争再燃も 揺らぐ「連合王国」の枠組み

2021年12月28日 06時00分
<混迷 英国のEU完全離脱1年 ㊤>

8日、地元住民らでにぎわう英領北アイルランド・ベルファストのクリスマスマーケット

「ここだって英国の一部さ。でも、本土から自由に物を運べないなんてバカげてるだろ」

北アとアイルランドの再統合への期待を語るナイル・マーフィー氏

 今月上旬、英領北アイルランド(北ア)・ベルファスト中心部。トナカイやモミの木をかたどった電飾が明滅するクリスマスマーケットで、貿易業アーロン・ワトソンさん(49)が語気を荒らげた。昨年末の欧州連合(EU)完全離脱で、海を隔てた英本土からの商品輸送が難しくなったからだ。
 英EUが結んだ離脱協定の規定により、EU加盟国アイルランドと接する北アは、完全離脱後もEU単一市場に事実上残った。英本土から北アへの物品輸送では、輸出申告や検疫などの通関手続きが発生。手続き不備で商品を運べなくなった業者が相次ぎ、英本土からのマーケット出店数は前回比で15%減った。ワトソンさんはハンバーガー店などの出店にこぎ着けたが、手続きの費用がかさみ輸送費は約3割増えた。
 こうした問題を解消しようと、離脱協定の規定見直しを求める英政府とEU側の協議は今も続くが、北アでは仕入れ先をアイルランドに切り替える業者が続出。北アでは今年、アイルランドからの輸入額が10月末時点で前年同期の約1.5倍に膨らんだ。
 この状況に、北アとアイルランドの再統合を目指す団体「アイルランズ・フューチャー」のナイル・マーフィー事務官は好機も感じる。「北アとアイルランドの経済一体化が進んだことで、再統合への機運も高まっている」からだ。
 英国かアイルランドかの帰属先を巡り、3500人以上が命を落とす紛争が起きた北ア。1998年の和平合意には大多数の住民の意思で帰属先を決められるとの規定があり、今回の物流分断で英政府への不信感が強まるなか、マーフィー氏は帰属先を問う住民投票を望む声は高まると予測。EU離脱で独立機運が高まるスコットランドも念頭に「今の英連合王国の枠組みが10年以内に終わる可能性がある」と語る。

 北アイルランド紛争 英国に統治されていたアイルランドは1937年に独立したが、北部6州は英領にとどまった。その後北アでは英統治を望むプロテスタント系とアイルランド再統合を訴えるカトリック系が対立し、60年代後半に武力衝突に発展。98年の和平合意で北アとアイルランド間の国境で人、物の自由往来を保障したが、これが英EUの離脱協定で通関手続きを英本土と北ア間で行う決定につながった。

北アの英帰属に関する懸念を示すフィリップ・スミス氏

 一方、英統治派は危機感を強める。同派の北ア自治議会第1党・民主統一党(DUP)の支持率は低迷しており、来年春の議会選挙で第1党が初めてアイルランド再統合派になる可能性がある。完全離脱直前に、英統治支持団体「ユナイティング・UK」を設立した元議員フィリップ・スミス氏は「住民投票実施の是非が政治議題になりかねない」と不安視する。
 スミス氏は今の北ア住民は英統治派が45%、アイルランド再統合派は35%を占めると分析し、残る20%は若者中心の浮動層という。紛争の記憶が薄れるにつれて浮動層の割合は増える見通しで、スミス氏は「すぐに北アに大きな変化が起こることはない。ただ20年、30年後を見据えると、今すぐ行動する必要がある」と強調。英政府の補助金なしに北アの公共サービスが成り立たないことを各地で説いている。(ベルファストで、藤沢有哉、写真も)
 ◇
 英国がEUを完全離脱してから今月末で1年。「自国の法律と運命を管理する主権を取り戻した」(ジョンソン首相)とうたった脱EUによる発展はどうなったのか。連合王国の枠組みや経済活動、外交政策の分野で探った。

関連キーワード


おすすめ情報

国際の新着

記事一覧