「英国の豚が消えてしまう」健康な3万匹以上を殺処分 怒る養豚業者「間違っている」

2021年12月29日 06時00分
<混迷 英国のEU完全離脱1年 ㊥>

英シェフィールド郊外で、深刻な移民労働力不足で豚の出荷が出来ず苦境にあえぐ養豚農家のスティーブン・トンプソンさん

 なだらかな丘陵が広がる英中部シェフィールド郊外の「ポビー農場」。ここで曽祖父の代から養豚業を営むスティーブン・トンプソンさん(60)は今月中旬、「例年ならクリスマス向けの需要で1番もうかる時期なのに」とため息をついた。表情が重いのは、深刻な食肉処理業者の不足で豚が出荷できず、このままでは行き場のない豚の殺処分を迫られているからだ。

◆新規雇用しても「訓練に2年はかかる」

 肉の解体は熟練技術が必要で、多くはポーランドなどの東欧移民が担っている。昨年の冬は新型コロナウイルス禍のロックダウン(都市封鎖)で帰省できなかった人たちが、今年は家族の元へ多く帰国。これまでは欧州連合(EU)域内で人の移動が自由にできたが、完全離脱後の英国の新移民制度下では英語力などの条件が必須になり、英国に戻って来なくなった。
 「政府は英国人を雇えと言うが、訓練に2年はかかる。失業者をあてがえばいいという話ではない」とトンプソンさん。全英養豚協会(NPA)によれば、13日時点で既に3万匹以上の健康な豚が出荷できずに殺処分された。
 「出荷のタイミングが過ぎて太りすぎた豚の肉は、スーパーのトレーに収まらないため買いたたかれる。えさ代もばかにならない」といい、「病気ならまだしも、手塩にかけた健康な豚を泣く泣く殺処分しなければならないのは全く間違っている」と訴える。

◆「必要とされていないとの思いがつらい」

 養豚業界の怒りを受けて、政府は800人分の食肉処理業者の短期ビザ発行を約束したが、状況はほとんど改善していない。
 高品質を誇る英国の豚肉だが、EUの安い輸入肉に押され、その上、殺処分で精神的に追い込まれて廃業する人も増えているという。トンプソンさんは「経済的にもつらいが、必要とされていないとの思いが何よりつらい。このままでは英国の豚が消えてしまう」と危機感を募らせる。
 ドイツなどで広がるアフリカ豚熱も深刻な懸念だ。養豚業界はEU豚の即時輸入停止を訴えているが、英メディアは、離脱後に締結したEUとの貿易協力協定(TCA)違反を恐れて政府は行動できないと指摘する。
 ジョンソン首相は「(移民制限などの)コントロールを取り戻す」と訴え、離脱を実現。その結果、食品流通全般や大型トラックの業界で人手不足が深刻化。ガソリンスタンドに長い行列ができ、スーパーの棚から物が消えるなどした。国民の不満が高まる中、首相は「今は低賃金、低スキル、低生産性の古い経済モデルから脱却する移行期間だ」と説明、我慢を訴える。

◆「バイ・ローカル」を励みにする人も

英チチェスター郊外で、EU離脱後の労働力不足の中、自助努力で商機拡大を図るワイン生産者のゲイル・ガードナーさん

 一方、離脱後の逆境を前向きに見る人もいる。英南部チチェスター郊外でワイン農園を営むゲイル・ガードナーさん(47)は「英国産ワインがEUワインと勝負できる好機」とみる。ここでもブドウの収穫に従事していたルーマニア人労働者たちが帰国し、人手不足の苦境に陥ったが、代わりにボランティアを急募。近所の人やワインツアーに参加した人が応募してくれ、無事乗り切れた。
 離脱とコロナを機に、大型スーパーで輸入ワインを買うのではなく、「地元の店で地元の産品を買おう(バイ・ローカル)」という人が増えていると感じ、「励みになる」と話す。
 近年は英国産のスパークリングワインの生産が好調となり、国内のワイン農園は年々増えて現在は800ほどに。ガードナーさんのワインは複数の品評会で高評価も受けた。「英国人はスパークリングワインが大好きで、大量に消費する。仏のシャンパンや伊のプロセッコが人気だが、もはや品質はシャンパンにも負けない」と自信を見せ、「離脱を機に英国産を売り込みたい」と話した。(シェフィールド、チチェスター郊外で、加藤美喜、写真も)

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