「絶対隠す」と決めた過去、ありのままに語り厚労省に採用…施設で育った女性「少しでもいいことに」

2022年1月4日 06時00分
<壁越えて>③
 「母子手帳の住所は川崎市だから、そこで生まれたのかな」。高橋未来さん(25)にとって、「出自」は隠したい過去だった。

昼休み、厚生労働省の前を歩く高橋未来さん=東京都千代田区で

 物心つくと、父が家族に暴力を振るっていた。自分の下にきょうだいが2人いて、家はひどく貧しかった。9歳の時、小学校で生活保護に必要な書類をもらって帰宅すると、父は怒り狂った。「火を付けたり。あまり覚えてない」。母は子ども3人を連れて逃げた。知人宅を転々とし、東京都内の警察署で保護された。2カ月後、母子は離れ、高橋さんは一時保護所に入った。
 子どもたちは夜ごと、親を求め部屋の隅で膝を抱えて泣いていた。高橋さんは違った。「ここの方がまともな暮らしができる」。自分に言い聞かせ、感情を殺した。児童養護施設に移った後、母が面会に来ると熱が出た。「母は子どもを守る強い女性だと思う。でも、つらい過去を思い出させた。父母と決別し、私はもう生まれ変わりたかった」
 18歳まで施設で過ごし、100年以上続く施設の歴史で、初めて大学に進学した。高校時代のアルバイトでためた100万円を手に静岡大へ。家賃700円の壁一面カビの生えた学生寮で、待ちに待った20歳を迎える。

◆就活で立ちはだかった「壁」

 「成人し、後見人も必要ない。ようやく自由になれる」。高校でも大学でも、施設の子とは言わなかった。ついにこの鎖から解き放たれ、自立した一人の大人になれる。そう信じていた。就職活動をするまでは。
 緊急連絡先、身元引受人、実家の住所。当初は正直に施設について書類に書き、面接で語った。しかし、企業側は「何それ?」とけげんな顔をした。「施設のことは絶対隠す」。決意して臨んだインフラ系大企業の最終面接。人事担当者は、内定には保護者の承諾書が必要だと言った。
 「取れません」。うつむくと、担当者は続けた。「あなた、大学まで行かせてもらって、育ててもらって、親に相談せずに就職先を決めるの? 親への感謝が足りない」。頭が混乱した。「ああ、帰ります」。言い残し、内定を辞退。そのまま休学した。
 「施設から離れ、新しい自分として強く前向きに生きていくんだって、希望を持って生活していたのに、22歳でまた、壁にぶつかって。やっぱり私は逃れられない運命なんだって。ショックだった」

◆経験を次の世代のために

 1年間の休学中、施設出身の当事者団体や大学の恩師に話を聞いてもらううち、「この経験は、次の世代のために必要だったのでは」と思うようになる。「福祉系の公務員として、すごく嫌だった経験を少しでもいいことに昇華したい」
 厚生労働省の面接試験では、施設で過ごした自分の半生を、ありのままに語り、採用された。
 現在、輸血などの血液製剤の安全性や安定供給を確保する業務に携わる。将来、志望する子ども政策に携われるかは分からない。それでもいいと思っている。
 「貧困、生活保護、母子家庭、DV(ドメスティックバイオレンス)。さまざま経験した私は福祉分野で役に立てると思う。けど、いつまでも過去に縛られるつもりはない。今の仕事も楽しいから」(沢田千秋)

たかはし・みき 1996年生まれ。3歳から名古屋市で暮らした後、家庭内暴力のため、9~18歳は東京都渋谷区の児童養護施設で育つ。静岡大卒業後、2020年、厚生労働省に入省。血液対策課に勤務する。

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