「パラには出られない」聴覚障害者が競うデフリンピック、認知度向上のカギは 競泳エース茨隆太郎が見据える未来

2022年1月7日 11時25分
<連載・スポーツの針路~東京大会の先に③>

パラアスリートとともに出場したジャパンパラ大会で力泳する茨隆太郎=横浜国際プールで(SMBC日興証券提供)

 聴覚障害者が競うデフリンピックは、パラリンピックとの成り立ちの違いなどから、別々の道を進んできた。デフ(deaf)は「耳の不自由な」の意。大会は認知度では遠く及ばないものの、競泳のエースいばら隆太郎(27)=SMBC日興証券=は「それぞれに大会の目的がある。パラスポーツの認知度が上がるのは、デフリンピックを知ってもらう上でも好機」と受け止める。東京大会はその目にどう映り、双方の大会のあり方をどう考えているのか。 (兼村優希)

◆日本開催でパラに注目高まり…「これもチャンス」

 〈パラリンピック東京大会はテレビにかじりついて見守った。幼少期から訓練した口話と手話を交え、昨夏を振り返る〉
 普段はジャパンパラ大会などで、パラアスリートと一緒に試合に出ることが多いです。直接の関わりはないですが、東京パラには知っている選手がたくさん出たので、応援にも力が入りました。コロナ禍で1年延期され、結果を出せた人と思うように出せなかった人で大きく分かれたように感じました。自分も昨年12月にブラジルで開催予定だったデフリンピックが半年ほど延期され、調整の難しさを感じています。
 〈パラアスリートを取り巻く環境の変化を間近で見てきた。パラ競技ではない聴覚障害の選手も、少なからず影響を受けた〉
 日本でパラをやると決まってから、一気にパラスポーツへの注目度は上がりましたよね。私はデフアスリートですが、違いを知らない人も多く、「君もパラに出るよね?」と言われることも増えました。私にとっては、これもデフリンピックを知ってもらう良いチャンス。いつも、「パラには僕たち聞こえない人は出られない。別のデフリンピックという大会があるんだよ」と話してきました。
 デフリンピックの認知度はパラに比べれば低いですが、2006年の内閣府調査の2・8%から14年の日本財団パラリンピック研究会調査の11・2%まで上がりました。延期された今年5月の大会をきっかけに、もっと上げていきたいと思っています。

◆「まずは別々に…最終的に統合」その理由は

 〈デフリンピックは1924年、世界初の障害者スポーツ大会として第1回大会を開催。その後始まったパラとの一体化も議論されたが、独自性を尊重して別々の道を歩む〉

デフリンピックを通して手話でコミュニケーションを取る大切さを伝えたいと語る茨隆太郎=2021年12月15日、神奈川県平塚市の東海大湘南キャンパスで

 パラは体に何らかの障害のある人が出るから、聴覚障害が入ってもいいのではという意見もあります。でも、私はすぐに一緒にやるべきではないと考えています。
 私たちは聞こえないので、基本的に手話でコミュニケーションを取ります。スタートもランプで合図する。全部、見て分かるように。それがパラに含まれてしまうと、手話でコミュニケーションを取ることや目で見て分かることの大切さが伝わりにくくなってしまう。話し合いの場でも、手話通訳をつけてもらわないと会話から取り残されるかも。パラに参加すれば、きっとたくさんサポートしてもらえるし、応援してくれる人も増えるでしょう。でも長い目で見ると、まずは別々にやることでデフリンピックの特徴を知ってもらい、それぞれの大会への理解が深まった上で、最終的に統合した大会になれたら素晴らしいと思います。
 私は高校までろう学校一本で育ち、大学で初めて健常者の社会に入りました。それまで手話を使うのが当たり前だったけど、周りは手話が分からないので、口話をしたり、携帯電話で文字を書いたりして、コミュニケーションを取っています。それでも水泳部の仕事を理解できず、分かったふりをしてミスをすることもありました。聞こえる人の世界でうまくいかなかったとき、デフの仲間に手話で話を聞いてもらうのが安心できる居場所になっていました。だから、デフリンピックが重視する手話でのコミュニケーションは、自分にとって非常に大切なものと考えています。

◆25年大会「日本開催できたら」

 〈認知度を上げるのは喫緊の課題だ。デフリンピックの25年大会を日本に招致する動きもある〉
 デフアスリートは耳が聞こえないだけで体に障害はほとんどありません。なのに、記録は五輪から見てかなり低い。なんとか五輪と同じくらいのレベルに上げたい。記録が出れば、自然と興味を持ってもらえると思うので。まずは健常者の日本選手権に出られるようにならないと話にならないと思っています。
 もしデフリンピックが日本で開催でき、自分が出場できたら、こんなにうれしいことはないでしょう。東京パラのように、きっと大きなイベントになるはずです。私たちが手話でコミュニケーションを取りながら生きていることを多くの人に知ってもらえる機会にもなります。もちろん結果を出すことが一番ですが、それ以外にも大切なことがあると、他の選手とも共有していきたいです。

 いばら・りゅうたろう 1994年生まれ。先天性の感音性難聴。デフリンピックは3大会で計12個のメダルを獲得。2019年世界選手権では200メートルと400メートルの男子個人メドレーでいずれも金メダル。22年5月に延期されたブラジル大会の代表に内定している。東京都出身。

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