ロブスター漁師「町を守る」と始めた「海の農業」 石炭衰退で荒れた町の二の舞い避けたくて【動画あり】

2022年1月11日 06時00分
<連載「ワン・プラネット 深まる気候危機」>
 スティーブ・トレイン(54)は海の男だ。入り組んだ海岸線に濃紺の水面みなもを望む米東部最北のメーン州ポートランド。「よく祖父に連れられてこの海に出た。まだ背丈はこんなに小さかった」。そう笑って、高さを示す手は分厚く力強い。一家が代々続けてきたのは、「シーフードの王様」と呼ばれるロブスター漁だ。

ポートランド沖で昨年11月、昆布を養殖するスティーブ・トレインさん(右)。水揚げが減るロブスター漁との両立を目指す

 そんなスティーブは2年前から「海の農業」にも取り組んでいる。作物は米国で健康食として注目を集める昆布。海中で胞子を採取し、屋内で1カ月ほど培養させた産毛のような昆布をロブスター漁のピークが過ぎる晩秋の海に戻す。船上でロープに昆布を慎重に巻きつけ、ゆっくりと沈める。「春になれば一気に成長して収穫できるよ」

◆30年以内に半減の試算も

 スティーブに昆布養殖への挑戦を決意させたのは、気候変動だ。米海洋大気局(NOAA)によると、メーン湾の海水温は2017年までの36年間で約1.5度上昇。世界中の海域の99%を上回る勢いで温暖化が進む。NOAAは「大半は人間の活動が引き起こした」とし、温室効果ガスの増加が潮流や地形などと相まってメーンの海を激変させていると指摘する。
 「ロブスターの子どもは暖かい海では死んでしまう。実際この2~3年、水揚げが減っている」とスティーブ。代わりに、さらに北部のカナダの海から豊漁のニュースが聞こえるようになった。メーン湾では今後30年以内にロブスターが半減するとの試算もある。

ポートランドで昨年11月、「一つの産業に頼る地域は気候変動に弱い」と語るブリアナ・ワーナーさん

◆産業荒廃に危機感

 昆布養殖でスティーブらと協力するのは、育成から販売までのノウハウを持つ地元企業「アトランティック・シー・ファームズ」。最高経営責任者(CEO)のブリアナ・ワーナー(37)は「この地域の産業構造は気候変動の影響に特に弱い」と語る。大都市圏から離れたメーン州は農林水産業への依存度が高く、ポートランドではロブスターが漁業や加工だけでなく観光、飲食、輸送業も支える。
 ブリアナが思い起こすのは石炭で栄えた東部ペンシルベニア州の故郷だ。エネルギー構造が変化するにつれ、町には失業者と薬物中毒者があふれた。産業の荒廃は民主主義を脅かすポピュリズムを台頭させ、陰謀論の温床になった。「ロブスターが大幅に減ってからでは遅い」とブリアナ。

メーン州の昆布を使ったアトランティック・シー・ファームズの商品。キムチと混ぜ合わせた商品など工夫を重ねる

◆「私たちは町を守ることができる」

 昆布には海中の二酸化炭素(CO2)を吸収する効果があり、養殖にはロブスター漁船を転用できる。アトランティック社と協力する漁師は3年前から27人に増え、今季は1年目の4倍超となる450トンの収穫を見込む。
 「気候変動は避けられない。でも、私たちは適応して町を守ることができる」と漁師のスティーブ。ブリアナは昆布の本場、日本への輸出も夢見ている。(敬称略、メーン州ポートランドで、杉藤貴浩)

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 地球規模の気候変動は、生態系や人々の生活を一変させ、民主主義をも脅かしています。本紙は今後も随時「ワン・プラネット」を掲載する予定です。

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