失われた色取り戻す旅 『世界の美しさを思い知れ』 作家・額賀澪(ぬかが・みお)さん(31) 

2022年1月9日 07時00分
 新作映画の撮影中だった人気の若手俳優が突然、自らの命を絶った。彼の双子の兄・貴斗(たかと)は、弟が旅行するはずだった北海道の礼文島や、過去に訪れたマルタ島などに出かけ、喪失に向き合う。答えの出ない問いと自責を抱えた心が、少しずつ変わっていく。
 この長編小説で「残された者が死をどう受け止めるか、じっくり書きたかった」と話す。貴斗は弟が死を選んだ理由を考え、気付けなかったと悔やみながら世界各国の旅を続ける。著者自身は韓国に仕事で行ったことがあるだけ。写真集や旅行記、テレビ番組を参考に街並みや絶景を描いた。「コロナがなければ一カ所くらい行ってみたかった」と残念がる。
 色彩の描写が象徴的だ。カラフルな花が咲く礼文島や、青い夜の下、街並みがオレンジに染まるボリビアの都市ラパス…。半身の死で失われた色を、取り戻すように「(貴斗が見る)色が豊かになっていく過程を意識した」。最初の旅先の礼文島で海の幸を味わい、貴斗はつぶやく。<だけど、お前が死んでも、ウニとホッケは美味(うま)いよ>。「貴斗の苦しみに寄り添いつつ、おいしいものを食べたり、美しい景色を見たりする旅を一緒に楽しんでほしい」と話す。
 ただ世界は美しいだけではない。貴斗の「外の世界」として登場するのが、会員制交流サイト(SNS)の投稿や、週刊誌の記事だ。人々の勝手な臆測や、自称関係者の言葉が連なるゴシップ。温かな言葉もある一方で、現実にはびこる悪意や無責任を写し取ったような匿名の闇が、描き出されてゆく。
 自身は、二〇一五年にデビュー。青春小説やスポーツ小説を主に手掛けてきた。二十一冊目の単著となる本作には、過去作に描いた登場人物の名前をいくつもしのばせてある。「(過去に描いた)彼らが今も生きている」という思いを込めた。一人一人の名前の先に、それぞれの人生がある。匿名の闇とは対照的な、ファンサービスに留(とど)まらない演出だ。
 もともとの雑誌連載から、貴斗の旅の「先」を加筆した。「彼の人生にもう少し責任を持たなければいけないと思い、ずっと考えていた」。読者の想像に委ねるか、見えたものを書ききって差し出すか。半年悩んでたどり着いたラストシーンに「今はしっくり腑(ふ)に落ちている」と語った。双葉社・一六五〇円。 (谷口大河)

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