藤井将棋は「面白い」 年間最高勝率を今も保持 中原誠さん(将棋十六世名人)

2022年1月8日 13時09分
 将棋界の記録を塗り替え続ける藤井聡太四冠(19)の前に、ある数字が立ちはだかっている。八割五分五厘。昭和から平成にかけて活躍した十六世名人の中原誠さん(74)が、一九六七年度に記録した年間最高勝率だ。現役トップで八割を超す成績を収めてきた藤井四冠も、いまだ到達していない。二〇〇八年に病に倒れ、勝負の世界から遠ざかった大棋士は今、後輩たちをどのような思いで見守るのか。川崎市の自宅を訪ねた。
 「車いすで失礼させてもらいます」。脳出血の後遺症で左半身にまひがある中原さんは、昨夏に転倒して骨折し、二カ月入院した。十一月末に再び転び、車いす生活に切り替えたという。リハビリをしながら、時々囲碁仲間との対局に出掛ける毎日。将棋は指さないんですか? そう問うと、「私にとって将棋は勝負。趣味にはなり得ないんですよ」としみじみ語った。
 宮城県塩釜市出身。五歳で将棋を覚え、十八歳でプロ入りした。デビューは早くないが、のっけから目覚ましく活躍した。六八年には二十歳で初タイトルの棋聖を獲得。七七年に五冠を成し遂げ、当時の全六冠制覇まであと一歩に迫った。「五十年前の最高勝率がいまだに残っているとは思いませんでしたし、それを守りたい気持ちもありません。当時からさほど記録を意識してなくてね。いいコンディションでいい将棋を指すのが一番大事だと思ってました」。華々しい歩みと釣り合わないほど無欲な言葉は、現在の藤井四冠とそっくりだ。
 藤井四冠の対局はネット中継で見ているという。「彼の将棋は新しいことをやって面白いから興味が持てます。羽生(善治)さんが出てきた時もそうでした」。豊島将之九段(31)にストレート勝ちした昨年の竜王戦七番勝負も、全局観戦した。「豊島さんは勝ち将棋だった一局目を落としたのが痛かった。七番勝負は二番しっかり勝てばいい。ほぼ互角の相手に全部勝てるものじゃないから、あとは流れや時の運なんですよ」
 自身も、新人の頃は伸び伸びと指せた。勝てばより強い相手と戦い、それが勉強になる好循環。対局が楽しかった。しかし勝つほどに周囲の期待がふくらみ、「勝たなきゃいけない」という気持ちになった。対局もどんどん増え、一年間で八十局以上指した年もある。対局過多の二十〜三十代は気分転換も難しかった。棋王戦で加藤一二三・九段(82)に全敗して全六冠を逃した直後は、胃腸の調子が悪くなり、医者に通った。「人間は息を吸ったら吐かなくてはいけない。タイトル戦の番勝負はずっと吸い続けるようなもの。常に自分でバランスを考えなければいけないんですよ」
 若い頃は、コピー機もインターネットもなかった。せっせと将棋会館に通い、先輩たちの棋譜を書き写して勉強した。「対局前は矢倉でいこうとか大ざっぱに考えるだけ。対局中いすに座ってゆったり考えることもできました」。でも今はAI(人工知能)により、戦型別の細かい研究が進む。「生中継されるから気も抜けない。現役の人たちは本当に大変だと思います」
 獲得タイトル通算六十四期。一強の時代を築いた数少ない棋士だ。王者からはどんな景色が見えたのだろう。「相撲の横綱は複数いても将棋の名人は一人です。勝ち負けがはっきりした分かりやすい世界。孤高の存在になるほど気持ちよいことはないんですよ」
 二十代で日本将棋連盟の理事を任され、五十代で会長になったが、一期で退いた。「私はあんまり組織の運営や経営に向いてなかった。人をまとめるのは難しくて…」。最近は東西将棋会館の移転が気になるが、全て現役に任せている。もう棋士総会に出席するつもりもない。
 同期の桐山清澄九段(74)は今も現役で戦っている。しかし自身の棋士人生は、病で突然断たれてしまった。それでも十分満足しているという。「最後の一局を指した後、花束をもらうような引退は嫌でした。そういう意味では、いい引き際だったんですよ」。かつて自然流と称された棋風の通り、穏やかにほほ笑んだ。 (岡村淳司)

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