<あしたの島 沖縄復帰50年>(7)心に残る音色、後世に 川崎・多摩区 前之浜三線工房
2022年1月9日 07時29分
ウチナーンチュ(沖縄人)にとって三線(さんしん)の音色は、父親の優しい声に聞こえたり、母親の子守歌のようだったり。故郷を離れ、年齢を重ねても、心をつかんで離さないという。
関東では珍しい本格的な三線作りに取り組む「前之浜三線工房」(川崎市多摩区)の前浜政次さん(70)は、五十年以上前に故郷を離れながら、その音色に包まれた人生を過ごしてきた。
日本最西端の与那国島(沖縄県与那国町)の出身。島内に高校はなく、石垣島(同県石垣市)の八重山商工高を卒業すると、本土で電話工事の仕事をしていた親戚の男性を頼って就職した。各家庭に電話が急速に普及した時代。全国を転々としながら働いた。
忘れられない仕事は復帰直前の一九七一年、沖縄で電話の自動交換機を付け替え、本土とダイヤル一つで直接つながる工事を請け負ったこと。沖縄への渡航が困難な時代、パスポートを持って働いていた前浜さんたちが逆に「すぐ行ける」と抜てきされた。仲間四人と故郷に「海外出張」し、半年間携わった。「本土と沖縄をつなげる工事ができたのは、今でも誇りです」
復帰の年、同県出身の洋子さん(71)と結婚。子どもが生まれ、七五年に川崎市内の電機会社に転職した頃から、三線を弾き始めた。子育てをするうち、「耳の奥にある音色を思い出した」。三十歳で独立して電機会社を経営すると本格的に習い始め、理想の三線を求めて自身で作るようになった。
沖縄の三線作りは分業制ですべて手作り。「いい物はできるが同じ物は二つとできないし、修理も大変。機械を使って同じ三線をたくさんつくろう」と使い慣れた電気工具を改造し、三線の命とされる「さお」を加工した。さおの材質や硬さで音が変わり、太さや形が弾き方を左右する。コンパスや角度計を導入して太さや弦をまく糸巻きの穴の大きさなどをミリ単位で統一し、量産態勢を整えた。
品質を常に保つ前浜さんの三線は高く評価され、沖縄や北海道のほか、米国など海外からも注文が来るようになった。前浜さんは「普及にもつながる」と制作工程や技術を惜しみなく広め、川崎から沖縄の伝統を世界に発信し続けている。
復帰五十年の今年、金婚式を迎える。洋子さんの助けを得て続けてきた三線作りを、長女の五味川千鶴さん(46)が昨年から手伝うようになった。さおの原木は、主に「くるち」と呼ばれる琉球黒檀(こくたん)。十年以上乾燥させないと加工後にねじれて使えなくなるため、一本の三線を作り上げるのに十年以上の歳月がかかる。
沖縄から仕入れた原木の山を見ながら、前浜さんは「長女が加わってくれたので、沖縄の伝統を後世により長く残していける。一人でも多くの人に三線とその作り方を伝えたい」。節目の年に、親子二代による沖縄文化の継承が本格的にはじまる。(安田栄治)
<三線> 沖縄や鹿児島の奄美群島に伝わる弦楽器。弦は3本で三味線のルーツとされる。さおは黒檀、紫檀、桑などの木を用い、胴にヘビの皮を張っていることから蛇皮線(じゃびせん)とも呼ばれる。沖縄では家内安全を願って飾る家庭もある。前之浜三線工房では初心者用で1本約3万5000円、オーダーメードは1本25万〜60万円で受注製造している。
◇
沖縄の本土復帰から今年で五十年になる。米軍統治下にあった人々は、基地のない島と平和憲法のもとへの「復帰」を渇望したが、いまも「本土並み」の願いは実現していない。それでも、沖縄の声を地域でつなぎ、ともに未来を描こうとする人々がいる。京浜工業地帯がある川崎・横浜を中心に、沖縄にルーツをもつ人々とともに発展してきた神奈川の地から、わたしたちの「島」のあしたを考える。
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