[ハルくん] 愛知県一宮市 戸田恵美子(66)
2022年1月9日 07時52分
◆わたしの絵本
◆300文字小説 川又千秋監修 第26回受賞作
第26回300文字小説賞の最優秀賞1点と優秀賞2点が決まりました。
2020年11月1日から21年10月31日までに掲載された入選作104点の中から選ばれました。この間の投稿総数は3195点でした。各受賞作と作者、掲載日は次の通りです。(敬称略)
【最優秀賞】(賞金2万円、トロフィー)
▽「娘の授業参観日」愛知県西尾市・元教員・市川正俊(67)=2021年9月5日
【優秀賞】(賞金1万円、トロフィー)
▽「マスクの下の笑顔」岐阜県高山市・中学生・丸山翠月(みつき)(14)=同10月17日
▽「名探偵、万事休す!」東京都中野区・会社員・松田健治(62)=同5月9日
<最優秀賞>娘の授業参観日 市川正俊
明日は、娘が通う中学校の授業参観日。
母親の私が「明日、学校へ授業を見に行くからね」と言うと、「恥ずかしいから、絶対来ないでよ」と娘は怒った。
「大丈夫よ。誰のお母さんかは、どの子にも分からないから」
私はそう答えた。プレッシャーを感じたのか、娘は夜遅くまで何度も教科書を見直していた。
翌日、娘は、教室に入ってきた私を見て驚いていたが、その後は落ち着いて授業に取り組んでいた。
授業を終えて廊下に出てきた娘に向かって、私はこうささやいた。
「堂々としてたじゃないの」
「本当にお母さんが来るとは思わなかったなあ」
「だって、幼い頃の夢がかなって先生になった娘が、どんな授業をしているのか見たかったのよ」
(愛知県西尾市・元教員・67歳)
◇ ◇ ◇ ◇
<優秀賞>マスクの下の笑顔 丸山翠月
「おはよう」
「うん、おはよう」
いつもの教室で、友だちとあいさつを交わす。
見えているのは目元だけ。給食以外で、学校でマスクを外せることは、もう、ほとんどない。
でも、目元だけ見ていて、みんな小学校の頃からあんまり変わってないなあ、と思っていた。
ある日の体育の時間。外で走るからマスクを外していいことになった。
マスクを取り、ふと隣の友だちを見て…私は息を呑(の)んだ。
マスクを取り、ふと隣の友だちを見て…私は息を呑(の)んだ。
二年前の記憶より、その顔はずっと大人びていた。
友だちは私の視線に気付き、にこっと微笑(ほほえ)む。私は慌てて視線を外した。
この笑顔が見られたのも、マスク生活だったからかな。
私は思い、スタートの合図で土を蹴った。
(岐阜県高山市・中学生・14歳)
◇ ◇ ◇ ◇
<優秀賞>名探偵、万事休す! 松田健治
屈(かが)みこんで被害者を検分していた探偵が立ち上がって言う。
「実に由々しき事態だ。何せ被害者は、この小説の作者なのだから」
「ええっ」
山荘の広間に驚愕(きょうがく)の声が上がる。
「問題は、作者が、犯人を告げる場面まで書き上げていたかどうかだ」
「書き上げていなかったら?」
「事件は迷宮入りだね」
「あなたは名探偵でしょ。自力で解決できないんですか」
「推理の材料が少な過ぎる」
「あ、窓の外に誰かいる!」
そこにいた人影がスッと消えた。
「しまった。取り逃がした」
「犯人ですか?」
「いや、あれは読者さ。いよいよ万事休すだ」
「どういう事です?」
「わからないのか。ついに、我々(われわれ)は読者に逃げられてしまったのだ」
(東京都中野区・会社員・61歳)
◇ ◇ ◇ ◇
【評】新しい年が明けました。旧年中は「このご時世」という常套句(じょうとうく)が日常をどんより曇らせていましたが、今年こそ、そんなうっとうしさから、すっきり抜け出したいものです。
そこで、第26回を迎えた300文字小説賞。多くの票を集めて最優秀賞に輝いたのは市川正俊さん「娘の授業参観日」でした。わが子の成長を自分の目で確かめたい母親の姿に納得しつつも、思わず苦笑い。
最優秀作品と評価を競って優秀賞に選ばれたのが、中学生作家・丸山翠月さん「マスクの下の笑顔」。まさに、“このご時世”ならではの若々しい気づきが、未来に向けて走り出す爽やかな読後感をもたらしてくれました。
加えて一編、優秀賞に選ばれた松田健治さんの「名探偵、万事休す!」。作者と作品にとって最も大切なものは何かを突き止める結末で、爆笑!
今年も、ご愛読とご投稿を!
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