<あしたの島 沖縄復帰50年>(8)レンズ通し 人間の尊厳を見ているかのよう 基地周辺住民の姿伝える 湯河原の元教師・尾形さん

2022年1月10日 06時59分

アート散歩で写真や愛用カメラを展示した尾形さん=いずれも湯河原町で

 三十九歳だった一九八六年から三十回以上沖縄を旅し、延べ滞在日数は三百日を超す。湯河原町の元高校教諭尾形章さん(74)は趣味のカメラを手にオートバイで全国を回った末、沖縄にはまった。
 「おまえはどこから来てどこへ行くのか」
 古来、人類が発し続けた本源的な問いかけを感じるという。「強烈な太陽光を浴び、無人のサトウキビ畑などを歩くと、言葉では言い表せない実在感が湧く」
 京大卒業後、主に県西部の高校で定年まで国語を教えた。沖縄通いは二〇一三年、新基地建設に揺れる名護市辺野古へ行き着く。沖縄に赴任した教え子の通信社記者宅に泊まり、「沖縄全戦没者追悼式」取材に同行したのがきっかけだ。
 「米軍機は米国内では住宅の上を飛ばないのに、沖縄では飛ぶ。倫理的に沖縄への差別は許し難い」と思った。現地の活動家とは接触せず、政治活動には関わらない。一人の人間として、虐げられる住民らにカメラを向けてきた。
 米兵らによる性被害もあるためか、辺野古をはじめ沖縄の米軍基地反対運動の現場は、女性の姿が目立つという。何度連れて行かれても戻って座り込む高齢女性、警備の警官に手を合わせ祈る中年女性、「一緒にやろう」とサングラスをした警官にまで腕を組もうとするたくましい女性。あきれたのか、腕を組まれた警官は苦笑いしている。
 何度追い出されてもこりない、あきらめない強さ。警備の警官にすらいちずに連帯を求める偏見のなさ。自らと万人の良心を信じる庶民の気高さが、写真から伝わる。ファインダー越しに人間の尊厳を見ているかのようだ。

アート散歩で展示された写真の一部

 写真歴六十年。延べ四十台のカメラで数万枚を撮りためた。「肉眼では見落とす世界もレンズを通して見えてくる。視点を変えると違う世界が広がり、想像力も湧く」と魅力を説く。自動車よりオートバイが好きな理由も「五感で世界を感じられるから」という。
 昨年五月、湯河原町のミニ映画会の会場で、辺野古を中心とする沖縄の写真五十枚を初公開した。十一月には、プロ、アマ問わず出品できる美術展「湯河原・真鶴アート散歩」の会場に百枚近く並べた。百人が訪れ、「おじい、おばあに感銘を受けた」などの感想が寄せられ、うれしかった。
 日本の行く末も問う基地問題で、沖縄県民が納得する解決策は見えてこない。「基地周辺住民の苦しみをひとごとと思わないでほしい」と今後も、自然や風土を含めた沖縄を伝えていく。自分が何者でどこへ行くのか。長年の宿題の答えにたどりついたかのような笑顔を見せた。(西岡聖雄)
  ◇
 沖縄の本土復帰から今年で五十年になる。米軍統治下にあった人々は、基地のない島と平和憲法のもとへの「復帰」を渇望したが、いまも「本土並み」の願いは実現していない。それでも、沖縄の声を地域でつなぎ、ともに未来を描こうとする人々がいる。京浜工業地帯がある川崎・横浜を中心に、沖縄にルーツをもつ人々とともに発展してきた神奈川の地から、わたしたちの「島」のあしたを考える。

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