2022年のニューノーマル

2022年1月12日 07時19分
 新型コロナウイルス感染拡大が世界を揺るがし、人々の生活様式や思考も変化を余儀なくされている。リモート化やバーチャル化に傾く流れをどう受け止めるべきか。低成長や経済格差拡大にどう対処すべきか。年の初めに「ニューノーマル」を考える。

◆溝を埋める努力必要 作家、演出家・鴻上尚史さん

 緊急事態宣言が解除され、イベントの人数制限もほぼなくなりましたが、一部を除き芝居の劇場にお客さんは戻っていません。一回失われたものが復活するには時間がかかります。
 演劇界では、生き延びていくために公演の配信が普及しました。コアな演劇ファンは「芝居は劇場で見たい」と感じるようです。しかし、配信はコロナが生んだ可能性の一つ。多くの人が芝居にアクセスできるようになりました。
 ということで、演劇界の経済的な損失は本当に大変でした。海外では文化事業への補償が進みましたが、日本は業界がまとまるユニオン(組合)のような組織がなかったこともあり、進まなかった。その後、演劇界がまとまって国に働き掛け、補償の枠組みができました。これも数少ない良い変化です。
 ただ、それ以前、僕が国の補償を求める意見を公表した時には「好きなことをやっているのだから貧乏で当たり前」という声が相次ぎました。演劇に対する理解の総量は少ない、演劇は遠い存在なのだということがよく分かりました。
 それを文化への無理解と嘆く人もいるでしょう。コロナが日本の中にある同調圧力や不寛容をあぶり出したとも。でも、僕は嘆いてばかりいても分断を広げるだけだと思っているのです。理解が少ないことをこちらこそ反省し、溝を埋めるための努力が必要ではないか。
 そうして今、僕たちはニューノーマルを模索しています。それが僕たち一人一人にとって本当に良いものになるかどうかを突きつけられています。
 日本人は「自分に関係ある世界=世間」と「自分に関係ない世界=社会」を分けて考えてきました。世間の特徴は、そのメンバーがどれだけ同じ時間を共有しているかにあります。同調圧力に満ちた世界であり、SNS(会員制交流サイト)の濃い関係も世間の一つだと感じます。
 それを揺さぶったのがコロナでした。リモートの働き方が一般的になり、世間とは真逆の方向に進もうとしました。一方、コロナが収まってきて、元に戻そうとする動きもある。
 この分岐点にあって、どうするか。答えはゼロか百かではなく難しいですが、「世間」が壊れ始めている今、知らない人とコミュニケーションするスキル(技能)こそが必要だと思います。 (聞き手・大森雅弥)

<こうかみ・しょうじ> 1958年、愛媛県生まれ。これまで数多くの演劇作品を手掛け、岸田国士戯曲賞、読売文学賞などを受賞。近著に『同調圧力』(共著)、『演劇入門』など。

◆現実とは? 選択の時 精神科医、立教大教授・香山リカさん

 コロナ禍は当初、一時的な異常事態だと思われていました。ところが、それが二年間続き、まだ先が見えてこない。長期化に伴って、従来の価値観を根底から覆すような本質的な変化が起きていると思います。
 企業のリモートワークも大学のオンライン授業も、以前から言われていたことです。でも、それに反対する声もあって、なかなか前に進みませんでした。それが、コロナ禍になって、進めざるを得なくなった。「それしかない」と、一気に加速し、その弊害について考える余裕はありませんでした。
 大学では、対面授業を一部、復活させていますが、多くの学生たちはオンライン授業の方がいいと言います。通学の時間がいらないし、その方が勉強に集中できる。効率だけを考えればそうでしょうが、本当にそれでいいのかなと私は思っています。授業をしている私には、彼らの身体が消滅してしまったような感じがします。
 IT企業は、バーチャルオフィスのサービスを始めようとしています。仮想空間にオフィスをつくり、社員のアバターがそこで働く。学生たちに意見を聞くと、夢のある話として肯定します。ただ、彼らは、コロナで今、推奨されているから受け入れているように見えます。
 リモートワークなら、どこにでも住めるというメリットはあります。一方、組織への帰属感など失うものもあります。現実が希薄化すると、自分の価値や意味を疑う人が増えます。バーチャルの世界の私には友達もいるけど、生身の私を気にかけてくれる人はいない。こんな私は社会に必要なの? そう感じる人が出てきます。
 オンライン化、バーチャル化の流れは止められません。しかし、それでも人間には身体があるんです。けがをすれば痛いし、病気になると苦しい。身体こそが現実なんだと、そのとき気付くはずです。そこが最後のとりでかもしれません。
 コロナが収まったら、私たちは勇気を持って立ち止まり、じっくり考えるべきです。現実とは何か、事実とは何か。このまま突き進んでいっていいのか。すべてを元に戻せばいいということではありません。どこを戻すか。知恵を出し合い賢明な選択をしなければいけないと思います。二〇二二年は、ラストチャンスになるかもしれません。(聞き手・越智俊至)

<かやま・りか> 1960年、北海道生まれ。専門は精神病理学。豊富な臨床経験を基に、政治・社会・文化など幅広い分野で批評活動を続ける。『親子という病』『しがみつかない生き方』など著書多数。

◆賃金、労働時間是正を 経済学者、法政大教授・水野和夫さん

 マルコ・ポーロの時代から人間は、欲しい物を求めて遠くへと向かいました。多くの利益を得ようとして未開の地に入り込んでいけば、ウイルスと接触するリスクは高まります。
 多くの人が、より遠くへ、より速く。これが現代のグローバリゼーションです。感染症は、あっという間に全世界に広がりました。そして、それによってグローバリゼーションは、息の根を止められました。
 ドイツの思想家カール・シュミットは「例外状況において物事の本質はあらわになる」と言っています。コロナ禍という例外状況に置かれたことで、平時には見えなかった問題が浮き彫りになりました。
 その一つは、日本の医療政策の失敗です。病気になったら医師に診てもらえると、私たちは信じていました。しかし昨夏、コロナ感染者の入院が制限されました。もうからないという理由で公立病院や保健所を減らしてきたからです。国民の生命は国家が保障するという社会契約は幻想だったのです。
 企業活動の問題点も明らかになりました。ある経営者の話では、原材料調達から製造、販売までのサプライチェーンは、その会社の場合、月まで往復できる距離だったそうです。地球二十周分に当たる距離で、明らかに異常です。経営者も気付かないうちに、そんな事態になっていたようです。
 大半の日本企業は、もう利益を出さなくてもいいと、私は考えています。企業が私的利益を追求するのは、国を良くして国民の生活水準を上げるためです。その目的は、ほぼ達成されています。利益を出して新しい工場や店舗をつくる必要はありません。内部留保という死に金を積み上げるのはやめ、社員の賃金を上げるべきです。
 日本ではゼロ金利が続いていますが、これは悪いことではありません。ゼロ金利になると、あすのことを心配しなくていい社会ができると経済学者のケインズは言いました。金利がなければ投資はしません。投資とは、将来のために、いま我慢することです。我慢せず、消費すればいいんです。
 国際的に見て、日本の労働時間は長すぎます。ここを是正して自由時間を増やし、その時間を使って、人間とは何かを考える。そんな社会になってほしいと思います。(聞き手・越智俊至)

<みずの・かずお> 1953年、愛知県生まれ。大手証券会社チーフエコノミストなどを経て現職。『資本主義の終焉(しゅうえん)と歴史の危機』など著書多数。新著『次なる100年』は28日刊行予定。

<ニューノーマル> エコノミストのモハメド・エラリアン氏が2009年に提唱した概念。リーマン・ショック後の世界経済は、たとえ景気が回復しても以前の状態には戻らず、もはや景気循環論ではとらえられない時代が到来するとした。コロナショック後の社会のあり方を考えるキーワードとして再び多方面で使われている。エラリアン氏は現在の世界経済を「ニューノーマル2・0」と表現している。

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