「時之栖」会長・庄司清和さん死去 「米久」スモークハムでヒット 経営に斬新・柔軟発想

2022年1月14日 07時57分

2013年4月、インタビューに答える庄司清和さん

 人気リゾート施設などを運営する「時之栖(ときのすみか)」(御殿場市)の代表取締役会長で、伊藤ハム米久ホールディングス傘下の米久(沼津市)の創業者でもある庄司清和(しょうじきよかず)さんが十二日、御殿場市内の病院で誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。八十二歳だった。
 裾野市出身。通夜は十五日午後六時から、葬儀は十六日午前九時半から、いずれも裾野市御宿三〇七の四、セレモニーホール裾野平安会館で。喪主は妻良子(りょうこ)さん。新型コロナウイルスの感染対策として、十五日午後四〜六時に事前弔問を受け付ける。
 東京農大卒業後、牛なべ料理の老舗として知られた当時の米久(東京都港区)に入社。二年目の一九六五年に退職し、二十五平方メートルほどの物置を拠点に食肉加工業に進出した。
 六九年、のれん分けの形で沼津市に食品加工製造販売会社を設立、社長に就いた。後に米久の商号も引き継いだ。ダルマ形スモークハムをヒットさせたほか、生ハムなどグルメ商品のブームも仕掛けた。九六年に東証一部に上場した。経営者としては、斬新で柔軟な発想を出し続けたり、創業家とは血縁関係のない若手社員を取締役に起用したりした。
 レストラン経営やスポーツ施設、温泉など他分野にも進出。九四年、時之栖の前身となる御殿場高原ホテルを創業した。その後は多角的なリゾート施設経営に専念した。
 会社経営だけでなく、県内財界のリーダーとしても活躍した。米久時代の九七年には、中堅スーパーのヤオハンジャパンが事実上倒産した際、主要取引先業者約二百六十社を取りまとめて混乱を防いだほか、静岡空港(牧之原市、島田市)の開設、はままつフルーツパーク時之栖(浜松市北区)の運営などにも手腕を発揮した。(佐野周平、藤浪繁雄)

◆「実行力ある熱い人だった」御殿場市長

 時之栖の地元、御殿場市の勝又正美市長は「駅前のイルミネーションなど、御殿場市の街づくりに非常に大きな貢献をしてくれた。実行力のある熱い人で、地域貢献に強い思いを持っていた」としのんだ。
 時之栖に「はままつフルーツパーク時之栖」の運営を委ねている浜松市の鈴木康友市長は「感動を与えるさまざまなレジャーの要素を組み合わせた施設として、年間約三十万人を迎えるまでに再生できた」とコメントした。

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