エドガー・ドガ「舞台稽古」が描き出した、お金と性の欲望が渦巻く男性優位の世界 永澤桂

2022年1月14日 18時00分
 舞台の上の華やかなバレリーナたち。多くの人に親しまれている印象派の画家、エドガー・ドガの《舞台稽古》である。舞台右側の少女たちは、本番を直前に控えて緊張する舞台稽古の最中である。指先まで神経が行き届いた優美な動きを見せている。一方で、舞台左側の少女たちは、欠伸をしたり、かがんでトウ・シューズを直したりと休憩中の無防備な表情を見せる。
 しかし彼女たちが目指すのは、必ずしもバレエで成功することではない。19世紀後半のフランスにおけるバレエ産業は斜陽の傾向にあった。また彼女たちの多くは芸術としての舞踊を志しているのではなく、日々の生活費にも事欠く貧しさのなかで、パトロンを探す手段の一つとして舞台で踊る、といった側面も少なからずあったのである。

エドガー・ドガ「舞台稽古」=1874年頃・メトロポリタン美術館蔵

 舞台中央で指揮を執るのはタキシード姿の男性。右側の舞台袖近くには、椅子の背を抱えて座るシルクハットの男性が、その隣には足を投げ出した中年男性が尊大な態度で少女たちを眺めている。舞台稽古の場面でありながら、その実ここに表されているのは、見られる一方の貧しい少女たちと、彼女たちにぶしつけな視線を投げかける中産階級の年長の男性たちなのだ。
 指揮者の男性は一見、この場で展開されている、「見る/見られる」の構図と無関係のようだが、指揮という全体をつかさどる役割を果たしており、舞台上の「性の政治」を牽引しているようにも見える。
 手前には楽器(コントラバス)の一部が黒く見えており、黒服の男性と呼応して男性性を主張する。お金と性に関するさまざまな欲望が渦巻く舞台で、要所に男性や男性性を表すものが配置され、全体は男性の優位性を示す。
 少女たちは、生きていくためにパトロンに見いだされることを望み、このような視線に日常的にさらされていた。それは彼女たち個人に備わる倫理観の欠如ゆえなのか。そうではない。貧しく生まれた女性がそこから抜け出すために、すがらざるを得なかった社会上の構造的な問題がそこにある。ドガは華やかな様相を切り口に近代社会の一面を描き出したが、ここで提示された女性の貧困をはじめとする諸問題は、現代にあっても解決されていない。

ながさわ・けい=西洋美術史・ジェンダー論研究、横浜国立大学非常勤講師

(2022年1月12日東京新聞夕刊に掲載)

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