彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠 樋田毅著

2022年1月16日 07時00分

◆組織人間の悪魔性問いかけ
[評]江上剛(作家)

 一九七二年四月、評者は早稲田大学政経学部に入学した。キャンパスには暴力が満ちていた。奇声を発しながら鉄パイプを振るう集団が走り抜けた後には血痕が落ちていた。革マル派が敵対するセクトの学生を襲撃していたのだ。
 著者も同じ年に文学部に入学した。文学部は、政経学部以上に革マル派の暴力支配下にあり、学生たちは怯(おび)えながら過ごしていた。しかし十一月八日、文学部生川口大三郎君が革マル派のリンチによって殺害される事件が起きた。これを契機に一般学生が革マル派排除に立ち上がった。大学当局は革マル派の暴力支配を許容し見て見ぬ振り。一般学生が勇気を奮わざるを得なかったのだ。運動は拡大し、やがて著者はリーダーとなるが、革マル派の襲撃で命の危機に陥ることになる。
 本書は、革マル派の幹部だった人物のインタビューも含め、記録に基づき運動の発端から挫折に至るまでを詳細に再現している。しかし所詮(しょせん)、早大という閉鎖空間の問題であり、反革マル運動を「痛み」として心の底に沈め、今や老境に達した人間のノスタルジーを刺激するだけではないか等の意見もあるだろう。
 著者は私たちに「寛容と不寛容」の問題を問いかける。「不寛容の行き着く先は『テロリズム=暴力』である」と。これは新左翼だけの問題ではない。私たちは誰もが何らかの組織に属している。その組織が不寛容になった時、暴力が発生するのだ。トランプ支持者が合衆国議事堂を襲撃した。我が国にも韓国人へのヘイトスピーチを声高に叫んでデモをする人たちがいる。企業内ではパワハラが横行する。著者のインタビューに当時の革マル派幹部は「暴力的な現場でこそ組織に貢献できると思っていた」と答えている。組織に属する人間は誰でも組織内での評価を高めたいと願う。その結果、他者に対し不寛容になり、これこそが自分の地位向上に資するという悪魔に魅入られてしまう。
 本書は、私たちの心に潜むこの悪魔性の問題を突き付ける。川口君事件を知らない読者も「寛容と不寛容」の問題を考えてもらいたい。 
(文芸春秋・1980円)
1952年生まれ。元朝日新聞記者。ジャーナリスト。著書『最後の社主』など。

◆もう1冊 

江上剛著『ピエタの時代』Ⅰ・Ⅱ(文芸社文庫)。自伝的小説の中で著者が早大時代に参加した反革マル運動に触れている。

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