週のはじめに考える ありたい自分を探す旅

2022年1月16日 06時55分
 コミック「海が走るエンドロール」(たらちねジョン著、秋田書店刊)=写真=が話題になっています。
 主人公は夫を亡くし、独り暮らしとなった六十五歳の女性です。寂しさを紛らわすため、好きな映画を見ようと久しぶりに映画館に足を運び、そこで出会ったのが美大生の若者です。
 映画への観客の反応を気にしていた女性の姿を目にした若者は見抜きます。女性の心の奥に「映画をつくりたい」との欲求があるのでは、と。若者にそう指摘された主人公が人生を振り返ると、心に眠っていた生きることへの欲求に気付かされます。
 力強い心象描写に、読む側も一気に心引かれていきます。

◆人生百年時代の到来で

 若者たちが主人公の作品が多いコミックで、高齢期に差しかかった人の物語は珍しい。「人生百年時代」といわれる長寿社会の到来と無縁ではない気がします。
 多くの人は二十歳前後から六十歳まで約四十年間働きますが、人生百年時代では、そこから百歳まで、なお同じ時間が流れます。
 体が思うように動く健康寿命は今、男性七二・六八歳、女性七五・三八歳です。定年を六十歳とすれば十五年近くあります。
 これまで社会が体験したことのない長い人生の後半をどう生きるか。それは今のシニア世代には切実な問題ではないでしょうか。
 働いてきた人は同じ仕事を続けるのか、新たなことや好きなことに取り組むのか。決断を前に考え込んでしまうのは当然です。
 シニア世代が「第二の人生」をどう生きるかを考える際、よくCAN(何ができるか)、MUST(何が求められているか)、WILL(何をしたいか)の明確化が出発点だといわれます。
 自身の持つ知識や技能を自覚して何ができるかを考え、勤務先や社会が何を求めているのか知る。その上で自らの意思で何をしたいかを選ぶための考え方です。
 これまでの蓄積を生かせることをやるもよし、ボランティアや起業など社会が求めている活動に転身するもよし。コミックの主人公のように、心に正直にやりたいことを模索してもいいでしょう。
 難しいのはWILLの明確化です。本当は何がしたいのか、自問しても分からずに立ち止まる人も少なくないでしょう。
 主人公は人から指摘されて気付きましたが、そんな体験は実際にはそんなに多くありません。
 こうしてはどうでしょうか。
 まず人生を振り返り、今でも忘れない思い出や、うれしいと感じたり、逆に怒りや義憤を感じたことは何か。好きな小説や映画、ずっと会いたいと思っている人、憧れの人たちの姿を心の中に呼び起こします。
 そして、なぜそう感じるのか理由をゆっくり考えてみる。何度も繰り返し、繰り返し…。
 続けていると、それらに共通する考え方や思い、居心地の良さが見えてくるはずです。それがその人が最も大切にしている価値観や欲求です。
 心の核にあり、例えば波に船が流されそうになっても揺るがない碇(いかり)のような存在です。困った人を支えたい、あるいは人を笑顔にしたいとの思いかもしれません。

◆船を出すか否かの境界線

 主人公の女性は、映画を通して自分の思いを伝え、見る人たちを魅了したいという自分の碇を見つけました。そこにこそ「こうありたい」と思う自分の姿があるのではないでしょうか。
 日本のシニア世代の働く意欲は国際的に見ても高く、六十歳以上を対象とした政府の調査では、三人に二人が六十五歳を超えて働きたいと考えています。
 コロナ禍は、これまで当たり前にあると考えていた営みが削られていく日常でもありました。
 でも、それは何が本当に必要な営みかを考える機会になったはずです。自分で考え、主体的に動くことの大切さを再認識することにもなりました。
 主人公は映画をつくるか、つくらないかを分ける境界線は、今生きている社会に「船を出すかどうか」にあると、若者に語ります。
 船は誰もが持っていますが、大海原に一歩を踏み出すかどうかが問われている。それこそが作品の主題です。自分がどうありたいかを考えることは結局、どう生きたいかを探す旅でもあります。
 主人公の女性がこれからどう生きていくのか。懸命にこぐ船の行き先に思いをはせます。

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