漫画家・水島新司さんが語っていた「ドカベン」 あふれる甲子園への思い

2022年1月17日 10時48分
著書漫画「ドカベン」について話す水島新司さん

著書漫画「ドカベン」について話す水島新司さん

 連載開始から30年以上がたった漫画「ドカベン」シリーズは、今でもプロ野球選手や高校球児に根強い人気を誇る。作者の水島新司さん(69)は毎年、夏の甲子園大会を全試合テレビで見るという。語れば語るほど、球児たちへの熱い思いがあふれ出た。(聞き手・原田遼 写真・今泉慶太)=水島新司さんが亡くなられたことから、生前の2008年7月18日掲載のインタビューを再掲します。ご冥福をお祈りいたします。

◆「やっぱり江川からですよ」

Q 「ドカベン」で主人公・山田太郎が活躍する「明訓高校」は、水島さんがあこがれていた新潟明訓高校がモデルとか。
 僕も野球をやりたかった。中学校の向かいが新潟明訓高校だったんで、「明訓に入ってショート守って」と思っていた。でも中学2年の時に家庭の状況が変わって、学校どころじゃない。働き手の一人として魚屋のおやじを手伝わないといけなくなって、完全にあきらめました。中学3年は3日しかいっていない。おやじも「書くのは必要ない。それよりも包丁だ」と。
 まったく今思うと、青春のすべてを家の犠牲にした。でも当時は僕もそれを当たり前だと思ったし、恨みもなし。後悔もないんですよ。
Q 高校野球に熱中しだしたのは、野球漫画を描くようになってからですか。
 やっぱり江川(卓=作新学院)からですよ。一番すごかったのは2年生の春の時。桑田がどうの、松坂がどうのいうけど、私にとってはモノが違う。江川のボールはバットに当たらないんだもん。打者がファウルを打つとスタンドが沸いた。江川とは電話でインタビューしてから家族ぐるみの付き合いになって、甲子園の大会中は同じ宿舎に泊まって一緒に風呂に入ったりしていた。その当時、自分の中に生まれた高校野球熱をそのまま「ドカベン」の作品にぶつけた形ですかね。
 うれしかったのは香川(伸行=浪商)。あいつは山田太郎の生まれ変わり。左だったらね。それでもドカベンと言われていて。本人もドカベンが好きでね。いまだにサインで「ドカベン香川伸行」と書いてるよ。あの男からだな、「どこそこのドカベン」と言われたいという球児が多くなったのは。

◆「敬遠された時の態度が山田太郎とそっくり」

 松井(秀喜=星稜)の5打席連続敬遠はびっくりした。僕は「ドカベン」を描くとき、相手の監督になって、明訓をどう倒すか、山田をどう攻めるかをいつも考えた。究極のアイデアが、「全打席どんな場合でも歩かせる」。浮かんだときやったなと思った。実際に描いてもいますよ。そしたら明徳義塾の馬淵監督がやった。責められないですよ。そういうルールがある。高校生うんぬんではなく、勝利を目指しているんですから。
 あの日以来、松井が好きなのは、敬遠された時の態度が山田太郎とそっくりだったからなんです。いつでも打つ構えでね。「一球ぐらい打たせろよ」とボール球を振るようなこともなく、松井は平然と一塁へ向かった。自分より苦しいであろうピッチャーを思いやってね。太郎の生き写しみたいだよ。ピッチャーがあの場面一番つらかったはず。でも監督の指示。顔に出さずに潔かった。両者に拍手を送りたい。

◆「だから甲子園に優勝候補はないんです」

Q 甲子園の魅力は何でしょう。
 甲子園では勝ち進んでいく子たちの成長が手に取るように分かる。決勝に進んだ子たちは1回戦のころと全然違いますよ。だから甲子園に優勝候補はないんです。どこが優勝したっておかしくない。昨年の佐賀北も驚くことはない。
 もう一度、連載を描くチャンスがあったら、地方大会でいつ1勝するんだというチームを描きたいなあ。実際、ほとんどは1回戦ボーイだからね。連載1年、2年たってもまだ1勝もしていないってね。それでも甲子園の常連チームと同じような努力して、同じようにチームワークを身に付けて、日々1勝を目指していくチームを描きたい。

◆「好きな野球だからこそ、まともな絵が描けるまで待った」

Q そもそも、漫画家になるきっかけは何でしたか。
 17歳で貸本屋でさいとうたかをさんの作品に出会って、かっこいいなと。もともと絵を描くのは好きだったし、まねして描くとけっこううまく描ける。さいとうさんが「影」という漫画雑誌でやった第1回新人杯に駄目元で応募したら入選した。それで授賞式で大阪にいったら、そこの出版社の社員に欠員が出たという。「働きながら勉強しないか」と夢のような話をもらった。野球は早々にあきらめたけど、漫画は目の前に大きなチャンスが広がった。
Q 大阪で漫画家デビューしましたが、野球漫画を描くのは10年後でした。
 ずっと野球は描きたかった。でも好きな野球だからこそ、まともな絵が描けるまで待った。「今は自分が考える、投げる、打つ、走るがまだ描けない」と。最初は探偵もの。時代ものも描いた。少女漫画以外は全部描いた。28歳で「この絵なら勝負できる」と思って、「男どアホウ甲子園」ができた。

◆「原っぱで飛び回ってほしい。でも今はないんだよね」

Q 最近の子どもたちを見て何か思うことは。
 携帯、パソコンは確かに便利だけどね。この先、小学1、2年でも携帯が当たり前、幼稚園でも当たり前になったら、1人で何かをする時間が多くなってしまう。
 僕たちの時代は放課後になると自分たちで勝手に集まる。遊ぶ場所が決まる。遊びに役割が決まって、自然とリーダーシップを取るガキ大将ができる。自然と社会の原形ができていたんですよ。便利なものが生まれて、この先どうなるのか、そういうのから生まれる犯罪もある。やっぱり太陽の下、原っぱで飛び回ってほしい。でもそういう場所って今はないんだよね。
Q 最近の高校野球については。
 野球部における不祥事は仕方ないが、学校における不祥事を球児がかぶることはない。
 なんで大人が勝手に対外試合禁止とか、出場停止とか決めるんですか。今までやってきた努力が水の泡。そういうことはやっちゃいかん。球児は今も昔も変わらないですよ。感動する、ひたむきな姿勢を見せてもらっている。野球少年万歳ですよ。
Q 最後に球児たちにメッセージをください。
 自分が思う思わないは別にして、社会に出た時に必ず生きてくる。苦しかった時間の方がはるかに長かっただろうから。それを学生時代に経験できる。大人になれば、生活に直結するような苦労が待っている。「オレはあの苦しい練習を乗り越えた」というのは将来、絶対に励みになる。高校に入ってきた1年生、頑張っている2年生。とにかく3年間続けてほしい。

◆あなたに伝えたい

 甲子園では勝ち進んでいく子たちの成長が手に取るように分かる。決勝に進んだ子たちは1回戦のころと全然違いますよ。

 みずしま・しんじ 1939(昭和14)年新潟県生まれ。中学を卒業後、家業の魚店を手伝う。58年に「深夜の客」でデビュー。69年に「エースの条件」で野球漫画を描き始め、「男どアホウ甲子園」「野球狂の詩」「ドカベン」「大甲子園」など次々とヒットを飛ばす。2005年に紫綬褒章、07年には日本漫画家協会賞文部科学大臣賞を受賞。大の南海ホークス(現ソフトバンク)ファン。野球界に幅広い愛読者を持ち、独立リーグ「北信越ベースボールチャレンジリーグ」でアドバイザーを務める。現在、週刊少年チャンピオンで「ドカベン スーパースターズ編」、ビッグコミックオリジナルで「あぶさん」を連載中。

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