子どものときからの大切な友を失ったような気になる。または子…

2022年1月18日 07時01分
 子どものときからの大切な友を失ったような気になる。または子ども扱いせず、いろんなことを教えてくれた親類のおじさんかもしれぬ。漫画家の水島新司さんが亡くなった。八十二歳▼思い出すのはその人が描いた緻密な打撃フォームか。藤村甲子園、山田太郎、岩田鉄五郎ら個性的なキャラクターの面々か▼そればかりではあるまい。水島漫画で育った世代なら『ドカベン』を夢中で読んだ実家の居間や回し読みした教室、今はもうない故郷の書店のにおいまで思い出すだろう。懐かしい。そして、寂しい▼うなる剛速球。「カキーン」。続く、大歓声。ページをめくりながら、球場の特等席にいる気になった。試合描写や読み手をひきつける展開のうまさは言うに及ばず、この人のペンには生きることの苦味や人の悲しさの色も確かに混ざっていた気がする▼『野球狂の詩』に「スチール百円」という作品がある。試合そのものは描かれず、球場でスリを働く小学生とその親の話だった。球場という光あふれる場所で、罪を重ねる貧しい親子が切なく、更生に向かわせる周囲の心が温かかった▼考えてみれば、おなじみの登場人物にも弱点があった。ドカベンは鈍足、鉄五郎は高齢、里中は背が低い。それでも夢を追えるよ。なんとかなるよ。そのペンは子どもたちに野球とともにきっと別のことを教え、励ましていたのだろう。

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