皇后のティアラ 歴史脈々

2022年1月20日 07時44分

1990年11月、即位祝賀パレードに出発される現在の上皇ご夫妻(右)。ティアラは引き継がれ、2019年5月の天皇の即位の儀式で雅子皇后の頭上を飾った

 皇室の新年行事や宮中晩さん会など、女性皇族が正装の際に身に着けるティアラ(宝冠)。その中で明治以降、5人の皇后が着けてきたティアラは、天皇が代々受け継ぐ「由緒物」であることは一般には知られていない。皇后のティアラは他の女性皇族のものとどう違うのか。日本が近代化していく過程で、洋服とセットで導入された皇室の新しい伝統ともいえるティアラの歴史をひもといてみた。 (吉原康和)

◆天皇が受け継ぐ「由緒物」

 「皇后陛下御正装の装身具類」と記された宮内庁の内部資料によると、明治以来、歴代の皇后が身に着けてきたティアラやネックレス、胸飾り、腕輪や指輪などの装飾品は「由緒物」という位置づけだ。
 由緒物とは、皇室経済法七条で「皇位とともに伝わるべき由緒ある物は、皇嗣が、これを受ける」と定められている。皇位継承により天皇が代々受け継ぐ物で、「三種の神器」や皇太子の護(まも)り刀「壺切御剣(つぼきりのぎょけん)」など約六百点ある。
 一九八九年の昭和天皇の死去に伴う約十八億円の遺産相続の際、皇后の装身具類も含めて一括して由緒物として整理され、いずれも非課税扱いとなった。

【昭和】香淳皇后=個人蔵

 由緒物となった装身具類は、ダイヤモンド製と菊型の二つのティアラ、ダイヤや真珠の首飾りや胸飾りなど二十個。
 備考欄には「明治天皇が皇后(昭憲皇太后)にお貸し下げになって以来、代々天皇が皇后に対してお貸し下げになるもの」と記され、「A型」(十一個)と「B型」(九個)に分類されている。
 これらの装身具を理解するには、今から百三十年以上前の歴史にさかのぼる必要がある。

◆130年前国の威信かけ購入 ダイヤちりばめ

 当時の日本は、幕末に欧米諸国と結んだ不平等条約の改正を目指し、欧米と対等な国づくりを急いだ。その一環として、宮中の国際化に取り組んだ初代首相の伊藤博文は、明治天皇の后(きさき)、美子(はるこ)皇后(昭憲皇太后)の洋装化を進めた。
 一八八六(明治十九)年、皇后の大礼服(マント・ド・クール)とティアラなどの装飾品をドイツに注文。計十五万四千円だった。欧化政策の舞台となった洋館「鹿鳴館」の総工費十八万円に相当する金額。国家の威信をかけ、巨費を投入したことが浮かび上がる。
 これらの装飾品こそが宮内庁の資料にあったA型の装身具類の出発点である。B型は大正の代替わり以降に大正天皇の后、貞明皇后のために、国内で調達された菊型のティアラなどの装飾品とみられる。

【大正】貞明皇后=国立国会図書館蔵

 大日本帝国憲法(明治憲法)が制定された後の八九年六月、ティアラを着けた大礼服姿の美子皇后の「御真影(ごしんえい)」写真が撮影された。写真に写る皇后の装身具と、八七年二月の東京日日新聞の記事や宮内公文書館に所蔵されている一九〇〇年の史料「皇后陛下御世襲御装飾品目録」を比べてみよう。

宮内公文書館所蔵の1900年の「皇后陛下御世襲御装飾品目録」。「金剛石」はダイヤモンド、「頸飾」はネックレス

 東京日日新聞はティアラに六十個のダイヤモンドが使われ、てっぺんに九個のダイヤがあると詳述。「其中心に在る一個は重さ二十一カラットなるよし 但し其九星の金剛石は取り外し自由」と報じた。特徴の星形ダイヤが取り外し自由であることは、美子皇后の二種類の写真を比べてみると分かる。

【明治】美子皇后=学習院大学蔵

星形ダイヤを取り外した姿=学習院大学蔵

 目録にはティアラをはじめ、ダイヤ、真珠の首飾りや腕輪など計十項目の装飾品が、皇后の世襲品として記されている。
 この年五月、皇太子嘉仁(よしひと)親王(後の大正天皇)は九条節子と結婚した。大阪市立大都市文化研究センター研究員の柗居(まつい)宏枝さんは「皇太子の成婚という慶事を契機に、皇后の装飾品は代々引き継がれる世襲財産と決定した」と指摘。「ティアラは単なる宝飾品ではなく、欧州の君主らが用いるクラウン(王冠あるいは帝冠)に類するとして、最高位の女性の地位に付随する権威の象徴として用いられた」と語る。
 学習院大学史料館学芸員の長佐古美奈子さんは「昭和の即位礼までは着脱可能な星形ダイヤを付けた状態で、ティアラを着用されたことが確認されている。(現在の)上皇后(じょうこうごう)美智子さまと皇后雅子さまが平成と令和の代替わり儀式の際に星形ダイヤを外して着用したのは、戦後、それまで最も格式の高かった大礼服が廃止となり、ローブ・デコルテ(中礼服)が第一礼装となるなど、服制が大きく変わったためではないか」と推測している。

◆予算の出どころで課税も

 女性皇族が使うティアラには、(1)国の税金である宮廷費でつくられた国の物品(2)皇室経済法の由緒物(3)天皇家の生活費である「内廷費」でつくられた私物−の3種類に分かれる。
 (1)と(2)の相続税は非課税扱いで、(1)の場合、ティアラを着用する女性皇族が結婚で皇室を離れる際、ティアラは国に返納される。由緒物である皇后のティアラは代替わり儀式などの際に使われてきた。
 昨年12月、天皇家の長女愛子さまは20歳になられた。誕生日行事で着用したティアラは、叔母で上皇ご夫妻の長女黒田清子さんが20歳の時に内廷費で新調したものを借りた。愛子さまは両親の天皇、皇后両陛下と相談し、コロナ禍の国民に配慮して新調を見送ったが、将来、仮に内廷費でつくれば相続税の課税対象となる。
 税法が専門の青山学院大学名誉教授の三木義一さんは、歴代皇后に継承されてきた由緒物のティアラについて「公的な行事にしか使いようがなく、そもそも相続税の課税対象とならない。非課税は当然の措置だ」と指摘する。
 その上で、私物とされる内廷費でつくられたティアラも「原理的には相続税の対象になりうるが、公務以外には使いがたいし、通常の市場での売買の可能性があるとも思えない。今後はすべてのティアラを公的なものとして取り扱うのが望ましいと思われる」と話す。

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