<社説>水島新司さん 野球通じて描いた「愛」

2022年1月21日 07時06分
 国民的漫画家と呼ぶのに、まず異論はないだろう。「ドカベン」「あぶさん」など野球漫画の傑作の数々を手がけた水島新司さん=写真=が八十二歳で死去した。愛読した多くの人や、作品に魅せられ白球を手にした多くの野球人たちとともに、その死を惜しむ。
 水島さんは新潟市出身。実家の事情で中学を卒業後、高校進学を断念して働き始めた。その中でも漫画の修業を続け、まだ十八歳でデビューを果たす。「教育格差」が広がり、進学できない子どもも少なくない今、水島さんの歩みは「諦めるな」というメッセージを送っている、ともいえよう。
 「ドカベン」には、「秘打」をはじめ、現実離れした設定も登場する。一方では、細かなルールが勝敗を決する筋書きなど、野球の奥深い魅力もリアルに伝える。
 また、過酷な連戦や重いけがに苦しみながら戦う高校球児たちの描写は、単に高校野球を美化するだけではなく、そのあり方を再考させる説得力も持っていた。
 水島さんの視線は強い者だけでなく、弱い者たちにも注がれた。
 「野球狂の詩(うた)」は、プロの弱小球団「東京メッツ」を舞台とし、負けても負けても愛される高齢の投手・岩田らが活躍。さらに女性投手の水原を登場させ、圧倒的な男性優位のプロ球界に懸命に挑む姿を活写したのは忘れがたい。
 また、愛読者の心を打ったのは試合のシーンだけではない。
 「ドカベン」の岩鬼は、怪力で豪快な選手だが、建設会社を営む富裕な一家に生まれ、みそっかす扱いの末っ子だ。だが父の会社が倒産して、優秀な兄たちが実家を見限って離れた後も、両親を一人支え続けていた。あの「リア王」(シェークスピア)をも思わせるこうした逸話を通じて水島さんが描いたものは、人と人の「愛」であったことを特筆したい。
 コロナ禍のため、野球観戦にもさまざまな制約が生じた。母校や郷里の代表、ひいきのプロ球団の応援に気軽には行きにくい現在、水島さんの作品を再読して野球の楽しさを味わいつつ、野球を愛し抜いた漫画家の逝去を悼みたい。

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