歓声よりも悲鳴があがった本塁打として記憶されていよう。一九…

2022年1月22日 07時04分
 歓声よりも悲鳴があがった本塁打として記憶されていよう。一九八八年十月十九日、川崎球場。ダブルヘッダー二試合目の八回裏、ロッテの高沢秀昭選手が近鉄の阿波野秀幸投手から左翼席に同点弾を放つと、観衆の多くはやがて沈黙した▼この年のパ・リーグは首位西武が先に全日程を終え、猛追する二位近鉄も残すは「10・19」のロッテ戦二試合のみに。連勝すれば逆転優勝とあって、多くの近鉄ファンがスタンドを埋めた▼近鉄は一試合目に勝ち、二試合目も終盤に一点リードしたが、直後に浴びたのが高沢選手の一発。そのまま引き分け、近鉄は夢破れた▼その年の首位打者を獲得するなど幾度もファンを沸かせた高沢選手。現役引退から久しいが、消息を伝える報道に接して驚いた。既に六十三歳だが、四月から横浜で保育士になるという▼ロッテのコーチを務めた後、少年野球教室で園児や小中学生を教えていた。子どもの成長を見守ることにやりがいを見いだし、還暦を過ぎてから専門学校で保育を学んだ。かつて娘が使っていた自宅のピアノを調律し直し、練習して弾けるようになった▼「保育士を目指して人生が豊かになった」と語る元バットマン。子どもの心もとらえるのか、専門学校生としてサンタにふんし、保育園のクリスマスイベントを訪れた時も園児たちがはしゃいだ。新たな職場も、歓声がよく似合う。

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