代々木競技場を世界遺産に! 日本人設計の戦後建築「愛され続ける」価値

2022年1月22日 07時23分

第一体育館。屋根を支える2本のケーブルの間に設置された照明器が柱のない大空間を明るく照らす(魚眼レンズ使用)=いずれも渋谷区で

 「人類の宝」を守る世界遺産条約が国連教育科学文化機関(ユネスコ)総会で採択されてから五十周年の今年、東京で新たな登録を目指した活動が本格化しそうだ。戦後建築界の巨匠・丹下健三(一九一三〜二〇〇五年)が設計し、二度にわたり東京五輪の会場になった国立代々木競技場。何がすごいのか。
 明治神宮の森と道路を隔てて向かい合う代々木競技場には二つの体育館がある。ここは米軍の将校住宅「ワシントンハイツ」の跡地。一九六四年、東京五輪の会場として建てられた。

第一体育館の外観。反り返った屋根は寺院のようだ

 大きな方が第一体育館。鳥が翼を広げたようにカーブを描く屋根が載る。内部は柱のない大空間。百二十六メートル離れて立つ、高さ四十メートルの二本の塔を結ぶケーブルによる吊(つ)り屋根が荘厳な雰囲気をつくり出している。
 巨大な橋の建設に使う土木の技術を応用し、建築物では前例のない工法が採用された。六四年五輪では水泳会場になり、昨夏の東京五輪・パラリンピックではハンドボールや車いすラグビーなどの会場になった。

第二体育館の外観。1本の主柱にらせん状にかかるパイプが屋根を支える

 第二体育館は巻き貝のような形をしている。一本の塔から曲がりくねって下りるパイプが屋根を支える。円形のアリーナは六四年五輪のバスケットボール会場になった。
 石畳の歩道があるプロムナードなどを含めた一帯が昨年八月、国の重要文化財(重文)に指定された。築年数でみれば「最年少」の重文だ。文化庁の発表資料には「戦後建築の金字塔」「空前のダイナミックな建築」などと賛辞の言葉が並ぶ。

第二体育館の内部。うねる曲線が巻き貝を連想させる

 重文指定に先駆け、建築関係者の間では競技場を世界文化遺産にしようという運動が始まっていた。国内の戦後建築では、フランス人建築家ル・コルビュジエの作品群の一つとして国立西洋美術館(上野公園)が世界遺産となったが、日本人が設計した戦後建築の世界遺産はない。一六年、槇文彦さんや隈研吾さんら著名建築家が中心となり登録推進団体を結成。これが発展して二〇年、一般社団法人の「国立代々木競技場 世界遺産登録推進協議会」が設立された。
 重文指定は、国が世界遺産の国内候補をラインアップする「暫定リスト」に入るための前提とされる。協議会事務局長の豊川斎赫(さいかく)・千葉大准教授は「次は商店会や住民へ働き掛け、応援団を増やしたい」。専門家中心だった活動を、原宿や渋谷のまち全体へと広げる戦略を描く。
 スポーツ施設でありながら、サーカスやコンサート、ファッションショーなど多様性に富んだイベントの会場になってきた。昨年末から年始にかけても「ラルクアンシエル結成三十周年ツアー」「浜崎あゆみカウントダウン」「セカイ・ノ・オワリ」などのライブがあった。
 豊川さんは、建築関係者が目を見張る技術、造形だけではなく「完成から半世紀たっても愛され続けられる場所になっていること」に価値をみる。
 「陸軍の練兵場として対外進出拠点だったのが米国に占領され、返還後に世界の若者がスポーツで平和をうたいあげる場所となり、世界が面白がるポップカルチャーの発信地になった。日本の現代史と未来について、どの建物よりも考えさせてくれるものがある」
 パリ五輪が開かれる二四年までに課題を整理し、ロサンゼルス五輪がある二八年に「いい知らせ」を受けるのが目標という。現代建築の世界遺産ではシドニーのオペラハウスが日本でもよく知られているが、比べても負けていないと思っている。「中のホールの形と外観が一致していないオペラハウスに対し、代々木競技場は内と外が合致して素晴らしい空間をつくっている。難易度はこちらが高い」。世界はどうみるか。

【第一体育館】

・アリーナ面積4000平方メートル
・延べ床面積2万8705平方メートル
・最大収容人数1万2934人

【第二体育館】

・アリーナ面積1300平方メートル
・延べ床面積5644平方メートル
・最大収容人数4002人
 文・浅田晃弘/写真・松崎浩一
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