全体主義の誘惑 オーウェル評論選 ジョージ・オーウェル著

2022年1月23日 07時00分

◆硬直化した言葉めぐる思索
[評]粂川麻里生(慶応大教授)

 本書は、巧妙かつ徹底的な監視社会のディストピアを描いた小説『一九八四年』で知られる英国の作家ジョージ・オーウェルの評論集である。著者の政治評論を集めた原書から、訳者が九編を選んで新たに訳出している。各テキストが書かれた年代は一九四〇年から四九年までだから、四十六歳で早世したオーウェルの「晩年」の思索を伝える書物といえよう。
 これほど「文学」と「政治」の関係を明晰(めいせき)に描き出した書物もそうはあるまい。書名は『全体主義の誘惑』となっているが、これはファシズムやナチズムだけを意味しない。オーウェルは全体主義を批判するに、しばしば「ナショナリズム」の語をもってするのだが、これもまた民族や国家の文脈に限定されるものではない。そうではなく「保守主義」「ケルト主義」「共産主義」「政治的カトリシズム」「人種差別」「階級感情」「平和主義」「自国嫌い」「反ユダヤ主義」「トロツキー主義」などをことごとく「ナショナリズム」として切って捨てるのである。
 オーウェルにとって「ナショナリズム」とは「人間は昆虫のように分類されうるとか、幾百万、あるいは幾千万という人間がまるごと『善』あるいは『悪』のレッテルを自信をもって貼られうると決めてかかる習癖」のことなのだ。
 右も左も、ブルジョアも労働者も返す刀で切りまくるオーウェルは、この「習癖」の病巣を人々の言葉遣いに見る。そして、同時代の英国人の文章を引きつつ「陳腐化した比喩」「冗長な言い回し」「無意味な語の頻用」が思考と言葉の劣化を加速しているとするのである。
 かくして、オーウェルにとって「政治」とは言葉の生命力をとり戻す文学的営為こそが本質であると明かされる。「自然発生的なものが関与しなければ、文学上の創造は不可能になり、言葉自体も硬化する」のである。閉塞(へいそく)感に満ちた現代日本の政治状況に対しても、オーウェルの快刀は乱麻を断つものであると感じた。
(照屋佳男訳、中央公論新社・2200円)
1903〜50年。英国の作家。著書『動物農場』『カタロニア讃歌』など。

◆もう1冊

半藤一利、保阪正康著『ナショナリズムの正体』(文春文庫)

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