冤罪(えんざい)をほどく “供述弱者”とは誰か 中日新聞編集局、秦融著

2022年1月23日 07時00分

◆司法の悪弊 地道に暴く
[評]青木理(ジャーナリスト)

 本書は、滋賀県の病院を舞台として二〇〇三年に起きた冤罪事件の真相を追い、捜査当局が冤罪を作り出してしまう構造問題に迫ったルポルタージュである。と同時に本書は、調査報道でそれに肉薄する新聞記者たちの取材活動を描いたメディアの内幕ドキュメントでもある。
 冤罪発生のメカニズムについては、評者の私も過去に多くの冤罪事件を取材し、この国の刑事司法に巣くう悪弊を痛感してきた。密室で延々と続く取り調べ。容疑を否認すると保釈を得られぬ人質司法。検察や警察が独占してしまう証拠。検察に追随してばかりの裁判所。ほかにも先進国では稀(まれ)な代用監獄など悪弊を挙げればキリはないが、本書は「供述弱者」の存在に焦点を当てる。
 発達障害などで取り調べに迎合してしまう者たちがいて、捜査がそこにつけこみ、あるいは乱暴に「自白」を強要し、調書主義と検察追随に毒された裁判が易々(やすやす)と認めてしまう。足利事件などにも通じる重要な論点を本書は提示する。
 一方で本書が自ら赤裸々に描く新聞記者たちは、組織につきもののルーティンワークなどをこなしつつ、捜査に漂う歪(ひず)みと被疑者の叫びに反応し、そして権力監視というメディアの責務に忠実に、事件の真相へと肉薄していく。その作業は決して華やかでも派手でもなく、地道な取材と経験と人脈のみが頼り。
 ただ、地道な取材を着実に積み重ねると、いつしか闇を突破する光が見つかり、実際に闇は突破され、記者たちは闇の奥にある真実にたどり着く。しんどくても、自らの熱意と好奇心と問題意識のみに依(よ)ってそれを成し遂げるのだから、これほど楽しくてやりがいのある仕事はないと本書は教えてくれる。
 願わくば、メディアを志望する学生や若きメディア人にこそ本書を読んでほしい。新聞を筆頭とする既存メディアは斜陽が指摘されているが、こうした記者たちの存在がなければ、歪みは放置されたまま社会は闇に包まれてしまうのだから。
(風媒社・1980円)
殺人罪で十二年服役した元看護助手を再審無罪へ導いた調査報道を、取材班デスクだった元本紙編集委員が振り返る。

◆もう1冊

下野新聞社編集局編『冤罪 足利事件 「らせんの真実」を追った四〇〇日』(下野新聞社)

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