<ひと物語>芝居で心身を解放 アマ劇団天末線主宰・若林一男さん

2022年1月24日 07時19分

コロナ禍での演劇活動について語る若林さん=いずれも横瀬町の天シアターやまんねで

 新型コロナウイルスの感染者が国内で初確認されてから今月で二年。感染防止のため文化活動の継続は困難が伴い、横瀬町を拠点とするアマ劇団「天末線(てんまつせん)」を主宰する若林一男さん(74)も、この間の政府や自治体の対応に翻弄(ほんろう)されてきた。
 「ぎりぎり百人ほど入るんですが、コロナ禍では百人を呼んで(演劇を)やるわけにはいかなくなった」。劇団の拠点「天シアターやまんね」(横瀬町)で、観客席を指さしながら若林さんは言った。
 県内外の劇団グループが横瀬に集結して作品を披露する年に一度の「やまんねフェス」は二〇二〇、二一年とも中止。天末線の定期公演も見通しが立たない。稽古を二カ月ほど休んだこともあった。それでも芝居をやりたいというメンバーの気持ちは、はっきり伝わってくる。「だったら観客を最小限に抑えてゲリラ的にやれないかと。百人という<量>から、観客はわずかでも舞台の良さをどう伝えるかという<質>へ考え方を転換すればいいと気付いた」
 観客を二十人ほどに限定し、不定期に自主公演を催した。今月十日には県立秩父農工科学高校清心館(秩父市)で、劇団と同校演劇部の関係者ら三十人が見守る中、故別役実さん作の不条理劇を上演。せりふの力が観客に直接伝わっていく様子に手応えを実感した。「観客が三十人でも芝居は成立する」
 元教師の若林さんは、必ずしも「演劇青年」だったわけではない。県外の学校から秩父農工科学高に赴任した際、同僚の依頼で演劇部の顧問になった。活動を通じて演劇についての知識や考え、授業とは異なる生徒との接し方や指導など「自分も変わった」。部を数々の大会で上位入賞するレベルにまで引き上げた。

天末線のメンバーに演技指導をする若林さん(左から2人目)=2021年1月

 一九八五年、部のOBらも加わって天末線を旗揚げ。「来る者は拒まず、去る者は追わず」を旨とし、十人ほどの団員は年代や職業もさまざまだ。
 演劇は、演者を「日常のさまざまな枠組みなどから解放する装置」と位置付ける。「僕も演劇を通して解放された。解放された役者が舞台上で変わっていく姿がおもしろい」。その様子は、直接体感した観客の心にも響くと信じ、オンラインではなく、少人数でも生の舞台を見てもらうことにこだわる。
 解放されるためには、心身がリラックスしていることも大切だという。「コロナ禍が続き、僕達は多くのストレスや緊張を強いられている。感染を避けながら、リラックスして自分が解放される道筋を、芝居を通して探っていければと思っています」。自らに言い聞かせるように語った。 (久間木聡)
<わかばやし・かずお> 1948年、深谷市生まれ。群馬大工学部卒。県立秩父農工科学高校演劇部の顧問を長く務め、全国高校演劇研究大会をはじめ数々の全国大会などで上位入賞を果たすまでに育てた。85年に天末線を旗揚げし主宰。尚美学園大客員教授などを歴任。全国高校演劇協議会顧問。横瀬町在住。

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