<デスクの眼>ロシアで人権団体の解散命令 弾圧の「記憶」は抹消できない

2022年1月24日 17時00分
ロシアの人権団体「メモリアル」のイリーナ・シェルバコワ研究員=2016年、常盤伸撮影

ロシアの人権団体「メモリアル」のイリーナ・シェルバコワ研究員=2016年、常盤伸撮影

 現代ロシアの歴史で最も深刻な問題といえば、ソ連政権による国民弾圧。とりわけ1930年代のスターリン体制下で起きた大粛清で、別名「大テロル」と呼ばれる未曽有の政治的抑圧だ。犠牲者は150万人から300万人とされ、膨大なことから全容解明にはほど遠い状況だ。
 ところが、ソ連崩壊から30年の昨年末、深刻なニュースが飛び込んできた。大テロルの実態解明の先頭に立ってきた人権団体「メモリアル」の解散命令をロシア最高裁が下したのだ。日本ではさほど大きく報道されなかったが、ソ連時代以来ロシアをウオッチしてきた者として最大級の衝撃だ。
 その名の通りメモリアルは国民の「記憶」を守る。300万件以上の政治的抑圧の犠牲者のデータベースや大テロルで旧ソ連国家保安委員会(KGB)の前身の保安機関・内務人民委員部(NKVD)に勤務していた4万1000人以上の名前を記載したデータベースなどを保管している。
 検察当局は審理で「メモリアルは、ソ連がテロ国家だという偽りのイメージをつくり出し、第二次大戦の記憶を汚してきた」と倒錯した主張をした。被害者を「人民の敵」と断罪した1930年代の見せ物裁判のようだ。それこそが、プーチン政権の中核にあるKGB出身者の発想だろう。
 フルシチョフによるスターリン批判から60年の2016年、メモリアル本部で、研究員のシェルバコワさんに「ロシアの国民はなぜスターリン主義を克服できないのか」と尋ねたことがある。シェルバコワさんは「弾圧の実態を一部しか知らないから。大テロルの実態をよく知れば、スターリンに対する肯定的なイメージは消えていくでしょう」と即座に答えた。
 現在のプーチン政権は、排外的で攻撃的な愛国主義をてこに、求心力の維持を図る。その際、重要なのは、歴史認識の操作、歪曲だ。多大な犠牲を払いながらスターリンは大祖国戦争と呼ばれる第二次大戦の対独戦争を勝利に導き、戦後ソ連を米国と並ぶ超大国に押し上げた。「スターリン神話」を維持するうえでメモリアルの活動は危険だ。政権中枢がそう考えても不思議はない。
 「メモリアルは『人民の敵』ではなく『人民の友』である」。ノーベル平和賞を受賞したロシアの独立紙「ノーバヤ・ガゼータ」のドミトリー・ムラトフ編集長は昨年12月、オスロでの受賞演説で、そう熱っぽく訴えた。
 現在の事態を予感していたのだろうか。シェルバコワさんは「政権によるプロパガンダの前ではわれわれは無力です。うそが先行していますが、私たちは仕事を続けます」ときっぱりと語っていた。
 それでも現在のロシアはスターリン時代のソ連とは異なる。インターネット時代に、情報を完全に隠蔽することはできない。最悪の場合、メモリアル側は、海外の組織を含め、別の団体のサーバーに貴重なデータを移すことも検討しているという。「国民の記憶」を抹消し偽の歴史を押し付けようとしても、受け入れられることはないだろう。(常盤伸)

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