30歳前に退職、がんの両親を介護…死別後に路上生活 抱き続ける望み「母のカレー作れたら」<新宿共助>

2022年1月25日 06時00分
◆新宿共助 食品配布の会場から
 「見てください」。東京都庁前の無料食品配布会で、男性がかばんの中からたくさんの書類を取り出した。調理師免許証、給与明細、勤務記録をつけたノート…。どれも以前、必死に働いていたころの証しだった。(中村真暁)

ノートにびっちりと書かれた勤務記録=東京都新宿区で

 配布会は生活困窮者の支援団体「新宿ごはんプラス」が毎週土曜日に開いている。記者は2019年9月から足を運んできた。
 冒頭の男性には昨年11月に出会った。神奈川県出身の48歳。中学を卒業して調理師学校で学んだ後、食堂に就職したが、30歳を目前にしたころ、両親ががんを患う。退職してアルバイトをしながら介護の日々が続いた。
 4年ほどたち両親をみとった。「生活は苦しいのに2人を失った喪失感で精神的に不安定になった。家賃が払えず、路上生活と、建築現場の住み込みを繰り返すようになった」
 ひどい職場も少なくなかった。上司の指示で川に建築廃材を捨てて罪に問われたことがある。30代の半ばごろにいた職場では、毎日8時間以上働いても食事代や宿泊代を引かれると1カ月に5000円しか残らなかった。
 生活保護を受けて入った福祉施設は劣悪な環境だった。ベニヤ板で仕切っただけの相部屋をあてがわれ、1人分の布団しか物が置けなかった。
 2年ほど前、ある福祉施設で食堂の職員に欠員が出た。住み込みで働こうと生活保護を打ち切った。ところが、痛めていた腰や手のしびれが悪化して約1年で働けなくなった。再び野宿生活の後、中野区で生活保護を申請、昨年10月からアパートで暮らす。腰の痛みがひどい上、不眠症で1日3、4時間しか眠れない。
 「でも前向きさを失うとやっていけませんからね」。身の上話を一通り終えた男性は、かばんから聖書を取り出した。路上生活中の昨年8月から、教会へ週4日通っている。「人と話せて居心地がいい。部屋にこもるより楽になります」
 体調を整え、また、調理師資格を生かした仕事に就きたいという。「母のカレーが好きだった。自分でも作れたらな」。帽子を取り、おじぎをして、人懐っこくほほ笑んだ。

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