「戦争の傷痕」伝える説明板 市川のクロマツに設置 航空燃料用に松脂採取 市民団体が調査

2022年1月26日 07時49分

市川小校庭のクロマツに掲げられたプレート。下部のくぼみから松脂を採取した=いずれも市川市で

 第2次大戦中、市川市に自生するクロマツから航空機燃料用の松脂(まつやに)が採取されたことを紹介するため、同市教育委員会は、市立小学校3校の計3本にプレートを設置した。「市川市の木」であるクロマツには、「戦争の傷痕」が残っているとして、調査を行った地元の市民団体「市川緑の市民フォーラム」が、説明看板の設置などを要望していた。(保母哲)
 市民団体によると、大戦中は石油が不足したため、軍部は幹の表皮を剥いで採取する松脂とともに、根から採れる松根油(しょうこんゆ)を集めるよう国民に指示した。市川市内でも市民が手作業で採取したものの、実際にはほとんど役に立たなかった。
 こうした歴史を知ってもらおうと、市民団体メンバーは一昨年八月から、現存しているクロマツの本数を調査。市のクロマツ台帳に記載されている二千二百本のうち、民家敷地内を除く計千七百八十三本を調べた結果、採取痕が残るのは七十一本、可能性はあるものの判断未定が二百八十六本だった。
 昨年八月には、「保護保全とともに、『戦争遺跡』に指定してほしい」などとした要望書を、市と市教委に提出。採取痕が残るクロマツには、説明看板などの設置も求めていた。
 市教委が設置したプレート「松脂採取痕」は縦約一六・五センチ、横約二十二センチで、アクリル製。市川小、八幡小、中山小の校庭にあるクロマツに今年一月中旬、掲げられた。「第二次世界大戦末期、不足する航空機の燃料として、松脂を採取したことでできた傷痕」などと記されている。

「市の木」で町並みを象徴するクロマツは、市内各所にある

 市民団体はクロマツ調査の際、高齢者から松脂採取時の様子を聞き取っている。事務局長の佐野郷美さんは「採取作業に携わった当時の子どもが『松脂を燃料にするような日本が、本当に戦争に勝てるのか』と疑問を感じていた。こうした戦争の実態を伝えたい」と話す。
 小学校だけでなく、民有地にあるクロマツにもプレートなどが設置できるよう、今後も市教委や所有者に働き掛けることにしている。子ども向け小冊子「クロマツが教えてくれる−戦争のころの市川の暮らし」(仮称)の製作も進めている。

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