変わり果てた町でも…故郷は安心できる 福島・富岡町の帰還困難区域の一部が立ち入り自由に 原発事故から11年 

2022年1月26日 18時30分
 政府は26日、東京電力福島第一原発事故により福島県富岡町に指定した帰還困難区域の一部で、立ち入り規制を緩和した。優先的に除染を進める特定復興再生拠点区域(復興拠点)への出入りが自由になったが、住民は変わり果てた町の姿に不安を募らせていた。(小野沢健太、写真も)

雑草が茂る自宅跡地で話す大和田信成さん=1月26日、福島県富岡町で

 「雑草が背丈くらいに伸びちゃって。こりゃあ草取りが大変だぁ」
 午前9時すぎ、雪が降る中で大和田信成さん(64)は解体した自宅の跡地でため息をついた。JR常磐線夜ノ森駅から南へ約500メートルの住宅地。だが、自宅跡地も含めて周囲にはさら地が広がる。「原発事故前は住宅密集地だったのに、近所で戻ってくるのは3~4軒くらい。さみしいよね」
 事故後は福島県いわき市などの仮設住宅を転々とした。2017年に富岡町の大半で避難指示が解除された際、町内の公営住宅に移った。復興拠点内にある自宅は雨漏りで天井が崩れたため、解体した。

立ち入り規制のゲートを開ける警備員=1月26日、福島県富岡町で

◆「一体どんな町になるのだろう」

 23年春には復興拠点の避難指示が解除される見通しで、大和田さんは跡地に家を建て直して戻るつもりだ。「たとえどんなにさびれても、生まれ育った場所は安心できる」。自由に出入りできるようになったことは大きな前進だが、将来への不安は拭えない。「こんなにスカスカになっちゃうと、活気が戻るとは思えない。一体どんな町になるのだろう」

立ち入り規制が緩和された桜並木を通行する車両=1月26日、福島県富岡町で

 夜ノ森駅近くの桜並木は約1.9キロにわたって入れるようになった。320本の桜があり名所として知られるが、沿道は空き地ばかりが目立つ。家屋を解体する重機の音が響いた。
 道沿いの東電の社員寮跡は除染で出たごみ置き場になっており、毎時1.3マイクロシーベルトの空間放射線量があった。復興拠点内の他の場所は国の除染の長期目標(同0.23マイクロシーベルト)よりやや高い同0.3マイクロシーベルト程度が多く、突出して高かった。

除染で出たごみが並ぶ東京電力の社員寮跡=1月26日、福島県富岡町で

◆「戻らない」49% 生活インフラも課題

 政府や町は復興拠点の避難指示解除に向け、今春には自宅に寝泊まりできる「準備宿泊」を始める。だが、拠点内の2割で除染が終わらず、上下水道も全面復旧できていない。スーパーなど生活必需品を扱う店舗が営業するめどもない。
 復興庁と町が実施した21年度の町民アンケートでは、49%が「戻らない」と回答。理由は「(避難先で)すでに生活基盤ができているから」が65%を占め、前年度調査から5ポイント増えた。間もなく事故から11年、時間がたつにつれて町の再興は難しくなっている。

特定復興再生拠点区域(復興拠点) 政府が東京電力福島第一原発事故後に指定した放射線量が高い「帰還困難区域」内で、優先的に除染して住民が住めるよう整備を進めている区域。帰還困難区域が残る福島県7市町村のうち、南相馬市を除く6町村に設定されており、2022年春以降に順次、避難指示が解除される予定。富岡町の復興拠点は約390ヘクタールで、事故前は当時の町の人口の2割超に当たる約4100人が暮らしていた。

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