撮り鉄の草分け、SLと駆けた原風景 鉄道開業150年 写真家・南正時さんが鉄道の聖地で作品展

2022年1月28日 07時06分

写真展の会場で、撮影時の思い出を話す鉄道写真家の南正時さん=港区の旧新橋停車場で

 今年は日本で鉄道が開業してから150年。鉄道発祥の地「旧新橋停車場」(港区東新橋)で、撮り鉄の草分け的存在である鉄道写真家南正時さん(75)の蒸気機関車(SL)作品展が開催されている。撮影されたのは、SLが貨客輸送の役割を終えようとしていた1970年代前半。山あいや田んぼの中を煙を吐いて駆ける姿は日本の原風景とも言え、いまでは見ることができない貴重な1枚1枚だ。
 展示しているのは東日本を中心としたSL写真約七十点。北海道・宗谷線のC55形の向こうには利尻島が見え、福井県・越美北線の8620形は九頭竜川の支流で遊ぶ子どもたちと一緒に撮られている。SLがその地域の風景に溶け込んでいる。

北海道・宗谷線を走るC55形。撮影4日目に利尻富士が望めたという=1973年6月(SLの写真はすべて南正時さん撮影、鉄道博物館所蔵)

福井県・越美北線で九頭竜川の支流沿いを走る8620形=1972年8月

 南さんが鉄道写真家としてスタートしたのは一九七〇年。当時はアニメ制作会社Aプロ(現シンエイ動画)社員として「巨人の星」や「ムーミン」などにかかわっていた。制作の下調べでSLを撮った腕前が双葉社の編集者の目に留まり「週刊漫画アクション」にSLの写真連載を依頼された。
 「最初の一年は会社勤めしながらの撮影。二足のわらじは忙しかった」。南さんの連載は評判が高く、双葉社からほかの写真撮影の依頼も増えたことから七一年、二十五歳でフリーカメラマンとして独立した。
 南さんが撮影したのはSLが主要路線では姿を消し、地方で本数を減らしながら走っていた時期だ。「目指す路線に行くまでに時間がかかった。貨物SLの場合、運ぶ物があってから走るので不定期。現地で数日待つこともあった」と振り返る。駅員と親しくなって運行ダイヤを聞き、山中や河原で張り込む日々だった。
 いまはデジタルカメラが取って代わったが、当時はカラーフィルム。いい画像が撮れたかは現像してみないと分からない。カメラのシャッタースピードにも限界があり「合格点が付けられたのは一日がかりで撮ったうち一カットか二カットだけだった」という。
 会場には南さんの著書も並べられている。「機関車・電車大百科」(勁文社)や「鉄道写真の撮り方」(実業之日本社)を見た来館者の中には「子どものころ、これでSLや電車を覚えた」と懐かしむ人も。鉄道写真家の山﨑友也(ゆうや)さん(51)は「『鉄道写真の撮り方』に載っていたブルートレインの写真が私の鉄道写真家人生の原点」と振り返る。

南さんが手掛けた大百科シリーズ

 南さんは自作約二千点を鉄道博物館(さいたま市)に寄贈している。作品展を企画した博物館の奥原哲志(さとし)学芸員は「貴重な写真ばかり。鉄道の聖地で多くの人に見てもらいたい」と話す。
 半世紀を過ぎたいまも南さんは鉄道を撮り続けている。日ごろは自宅がある日野市周辺で京王線やJR中央線にレンズを向け、最近は只見線(福島・新潟両県)と米坂線(山形・新潟両県)がテーマという。「今年も二回は撮りに行きたい」と意欲的だ。
 作品展は3月6日まで。2月19日は旧新橋停車場貴賓室で南さんのトークショー(無料、事前予約制)がある。問い合わせは東日本鉄道文化財団事業部=03(5334)0623=へ。
 文・桜井章夫/写真・由木直子

◆豆知識

<旧新橋停車場> 1872(明治5)年10月14日に開業した日本最初の鉄道ターミナル「新橋停車場」駅舎を当時と同じ場所に復元した建物。旧駅舎は関東大震災で焼失した。
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