働く高齢者、労災にならない過重労働 過労死ライン機能せず 遺族「安心して働ける社会を」

2022年2月7日 06時00分
 高齢者やその家族が、長時間労働が原因の労災を申請しにくい問題が起きている。現役世代と比べれば働く時間が短いため、労災認定の基準となる過労死ラインに大幅に届かず、非正規雇用という立場の弱さで声も上げにくいからだ。「労災にならない程度の過重労働」を課されているとの指摘もある。実情に合った労災認定の運用が求められている。(畑間香織)

◆「残業月100時間」には満たなくても…

男性が心筋梗塞で亡くなる直前、上司に送ろうとしたメッセージ=一部画像処理

 2019年8月、ガソリンスタンドで働く男性(当時73)が埼玉県の自宅で、スマートフォンから上司にメッセージを送ろうとした。「連続勤務してしまい。暑さの為!体調が、悪くて!本日の勤務は!?休みたいのですけど!?」。心筋梗塞で亡くなったのは、その直後だった。未送信のメッセージを読んだ40代の長女は「父の発症は連続勤務が原因だ」と感じた。
 長女の代理人によると、男性は都内のスタンド運営会社の契約社員。契約の労働時間は週30時間未満、原則2~3日勤務だ。だが代理人が算出した死の1カ月前の労働時間は最長週約53時間。真夏に6日連続で深夜勤務し、健康診断も受けていなかった。会社に労災申請への協力を求めても応じなかった。
 当時の過労死ラインは「発症前1カ月で100時間」など残業時間が主な基準だが、男性の残業は約26時間。長女は認定は難しいとして申請をいったん断念した。連続勤務させたのは安全配慮義務違反などとして、運営会社など2社に損害賠償を求め昨年末に東京地裁に提訴。「心身の機能が落ちるのに残業100時間の過労死ラインはおかしい。高齢者も安心して働ける社会にして」と長女は願う。
 会社側は本紙の取材に「コメントを差し控える」などと答えた。

◆「非正規は声上げにくい」

 厚生労働省は21年9月に脳・心臓疾患の労災認定基準を見直し、残業が過労死ラインに達しなくとも近ければ連続勤務なども考慮すると明記。ただ高齢者は体調や生活費分を考え、残業が生じない法定労働時間の週40時間未満の契約が多い。20年の労働力調査では、役員を除く65歳以上の雇用者のうち76.5%が非正規。その7割近くがパート・アルバイトだ。
 NPO法人東京労働安全衛生センターの飯田勝泰氏は「残業時間が過労死ラインに近づく高齢者は少ないのでは」とみる。労働組合、労災ユニオンの佐藤学氏は「非正規は契約を切られる不安から声を上げにくい」と立場の弱さも申請の壁になっていると指摘した。
 加えて佐藤氏は「高齢者の職場は介護や警備、清掃と多くが人手不足なので『会社に残業を求められる』との相談がある」と明かす。体力の落ちた高齢者は過重労働になりやすいが、過労死ラインには届かない。
 長女の代理人で東京過労死弁護団の尾林芳匡弁護士は過労死ラインは年齢を考慮していないとし「時間や日数を限定して働く高齢者は、労働時間が契約を超えると過重労働の労災として扱うべきだ」と指摘する。

◆少ない年金「働かざるを得ない」

 生活のために働き続ける高齢者が増えている。現役時代に不況に遭遇した不運が高齢期になっても尾を引くなどして、低年金に苦しむ層が多いためだ。人生100年時代と言われる長寿社会を迎え、生きがいや社会参加を目的にした高齢者が注目される裏側で、「働かざるを得ない」という実態がある。
 労働専門のシンクタンク労働政策研究・研修機構の2019年調査(複数回答)で、60代の約2900人に仕事をする理由を聞いたところ「経済上の理由」が76.4%と突出していた。調査の担当者は年金支給開始年齢の引き上げに伴い、生活維持のため働き続ける人が増えているとみる。
 自治体の委託を受けて路上で見回り業務をする都内の男性(76)は「医療費や生活費の足しにするために働いている人は多い」と同僚の現実を明かす。50~70代の約40人のうち半数以上が倒産や失業、病気を経験し、年金の支給額が少ないため働いている。

◆尾を引く現役時代の不況

 65歳以上の就業者数は20年に906万人と17年連続で増加、就業者に占める割合は13.6%に及ぶ。70歳まで働けるよう努力義務を企業に課す法律は21年4月に施行。生きがいを求め適度に働く人とは別に、現役時代の低収入が高齢期まで影響して働かざるを得ない層が広がる。
 日本総研の星貴子氏の17年時点の調査では、高齢者の貧困世帯数が35年に562万世帯になると予測。12年と比べ36%増えるといい、星氏は背景を「無年金や低年金で暮らす高齢者の存在」と説明する。1990年代以降に働く世代は、バブル経済の崩壊やリーマン・ショックなど不況の影響で非正規になったり失業したりした経験が多い。年金の加入期間が短くなるなどし、年金収入だけでは生活が難しくなる。
 最近でも、物価や賃金の変動に応じ毎年改定される22年度の公的年金額が、4月分から前年度より0.4%下がることが決まった。相次ぐ食料品などの値上げも、高齢者にとって現役世代以上に生活に響く。
 幅広い労働相談に応じるNPO法人POSSE(東京)には、高齢者からの相談も増えている。今野晴貴代表は「生活保護以外に老後の最低限の生活を維持するような制度が必要なのではないか」と指摘する。

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