<新お道具箱 万華鏡>「道成寺」の扇など 試される技術と体力

2022年2月11日 07時31分

「京鹿子娘道成寺」の扇を持つ尾上紫さん

 「いつかは、道成寺」
 日本舞踊を稽古する人が、一度は踊ってみたいと憧れる大曲。それが「京鹿子娘道成寺」だ。
 和歌山県の道成寺に伝わる安珍清姫伝説を基にした能を下敷きに作られた舞踊演目で、「道成寺」「娘道成寺」と略して言われることも。お客として見るには、華やかで楽しいばかりだが、踊る方は、鍛錬した舞踊技術と表現力、そして強靱(きょうじん)な体がなければ踊り切ることができない。
 道具を扱う細やかな技術も必要で、扇、手ぬぐいなど、さまざまな小道具を持ち変えながら、長い坂を駆け上がるように踊っていく。日本舞踊家・尾上紫(おのえゆかり)さんに道成寺の道具を見せていただき、話をきいた。

手ぬぐい。右は尾上梅幸の紋「杏葉菊」、左は尾上流の紋「菊菱」

 尾上流の家元の家に生まれた紫さんが、初めて本衣装(ほんいしょう)と呼ばれる正式な扮装(ふんそう)で道成寺を踊ったのは、二十三歳のとき。当時家元だった父の尾上墨雪(ぼくせつ)さんが紫さんのために誂(あつら)えた扇が特に大切な道具だという。制作は京都の舞扇の老舗・十松屋福井扇舗(とまつやふくいせんぽ)。
 鬼扇(おにおうぎ)とも呼ばれる道成寺の扇に描かれるのは牡丹(ぼたん)が定番だが、見せてもらった扇には大輪の菊が描かれていた。これは、尾上流の初代家元だった歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎と、七代目尾上梅幸(ばいこう)が菊の図案を使ったためで、その流れを受け継いでいるという。

尾上流創流50周年記念舞踊公演「京鹿子娘道成寺」(1998年)での尾上紫(尾上紫提供)

 「ふだんは使わない中啓(ちゅうけい)という形式の扇です。非常に重い本衣装をつけ、きれいに歩くだけでも苦労したのですが、少しでも体が揺れると、この大きな扇のブレが目立ってしまうのです。自分が試されているようでした」
 ちょっと変わった道具としては、鞨鼓(かっこ)と振り鼓(つづみ)という楽器のような小道具も用いる。鞨鼓は小さな鼓で、胸の前に付け、二本のバチで打ち鳴らす。振り鼓は、タンバリンのようなもので、左右の手で一つずつ握り、床に打ち付けたりしながら音を出す。これには、尾上流の紋である菊菱(きくびし)が描かれていた。

鞨鼓(左)と振り鼓。「いい音を出しながら、踊りと一体になって曲に乗っていく。独特の高揚感があります」と尾上紫さん。

 久しぶりに扇に触れ、思い出を語るうちに「もう一度、これを使って踊りたい」という気持ちが高まったという紫さん。
 道具は扮装の一部だが、演者にとっては、役に入るための大事な鍵でもある。先に紹介した扇の十松屋の主人は「お品物は私どもで完成させるのではなく、お使いいただく皆さまの思いが宿り、完成するもの」と語る。作る人と使う人がたくさん触って命を吹き込んだ扇。不思議な存在感があった。 (伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)

◆公演情報

 シリーズ和・華・調 第5回 清元〜江戸の艶と、洒落(しゃれ)と粋〜
 五月二十八日午後三時、成城ホール(東京都世田谷区)。舞踊「玉兎(たまうさぎ)」(尾上紫)、素浄瑠璃 清元「保名(やすな)」。世田谷パブリックシアターチケットセンター=03・5432・1515。(予約は三月十八日から)

◆取材後記

 このたび見せていただいたお道具は、菊尽くし。踊りのなかで使う手ぬぐいにも、もちろん入っていた。「おもしろいな」と思ったのが、手ぬぐいの紋にも、上手(かみて)と下手(しもて)があるということ。右側が上手で、故尾上梅幸さんの紋・杏葉菊(ぎょようぎく)が上手側におかれている。ちなみに、手ぬぐいといっても木綿ではなく、絹のちりめん。とろっとして柔らかく、上品な風合いだった。(田村民子)

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